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渡さない

夏休み明け最初の授業も終わり、その日の放課後。

俺はいつものように部活へ向かおうとしていた。

だが、


「悠くん!一緒に帰るよね?」


ちーちゃんは笑顔で俺に言う。

放課後に彼女と一緒に下校する。

一般男子からしたら、こんなにも青春で、羨ましいことはないのかもしれない。

しかし、今の俺にはただの地獄だ。


「・・・・いや、俺は部活があるから」

「部活?悠くんが?」


ちーちゃんは首を傾げて尋ねるので、俺は小さく頷いた。

それを見て、ちーちゃんは「へぇー」と意外そうにしている。


「じゃあ、私も行くよ。その部活」

「・・・・・・は!?」


俺は思わず大声が出てしまう。

ちーちゃんが俺の部活に?

それは・・・・何かまずい気がする。


「いや、それはやめておいた方がいいと思う。だから、ちーちゃんは先に帰ってて・・・・」

「よし!行こう!決まりだね」


俺の言葉など全く聞く気もなく、ちーちゃんは元気よく言った。

おそらく、ちーちゃんは俺が何を言っても無駄なのだろう。

彼女を守れなかった俺が何を言っても。


「あぁ、わかった」


だから、俺は彼女の言葉を肯定することしかできないのだと思う。

この先、ずっと。



******



俺とちーちゃんは教室から十分くらい歩くと、部室の前に着いた。

そして、俺が部室の扉を開けると、そこにはもう木の葉、早苗、咲がいつもの席に座っていた。

咲と木の葉はちーちゃんの姿を見て、不思議そうな顔をしていた。

そして、早苗は不安そうな表情で俺を見ている。


早苗はちーちゃんが、俺が過去に守れなかった人だと知っている。

それは、あまりにも早苗が俺のことを心配するので、俺が教えたからだ。

本当は誰にも言わないでおこうと思っていたんだが、俺の朝の姿を見たら、さすがに様子がおかしいと思ったのだろう。

まあちなみに、木の葉は睡眠中だったので、ちーちゃんが転校生であることすら知らないと思うが。


「その方は誰ですか?・・・・あっ!もしかして、新入部員の方ですか?」


咲は嬉しそうに俺に尋ねる。

そんな咲に俺は罪悪感を抱きながら答えた。


「いや、この人は新入部員じゃないんだ」


俺がそう言うと、咲はまた不思議そうにちーちゃんを見る。

木の葉も検討が付かないようで、相変わらず、頭に?マークを浮かべている。

いや、木の葉は、本当は知っているはずだったんだがな。

俺がそんなことを思っていると、突然、ちーちゃんが話し始めた。


「いやだなぁ、悠くんは。早く言っちゃえばいいのに」


ちーちゃんは笑みを浮かべながら話す。

だが、その笑みは咲のような美しいものではなく、何か含みがあるような、悪魔的なものだ。


「聞いてくださいね、皆さん。私はなんと、悠くんの彼女でーす!」


ちーちゃんは明るい声で、部室にいる人全員にしっかり聞こえるように言った。

そして、それを咲たちはかなり驚いた様子でちーちゃんを見ている。


俺はなぜ彼女がこんなことをするのかわからなかった。

それを言ったところで、彼女たちにも俺にも何の影響もないのだから。

正直、俺が過去に守れなかった人はちーちゃんのことだと、自分で言うのだと思っていた。

俺は最低な人間なのだと、ちーちゃんが言うのだと思っていた。

だが、ちーちゃんはそんなことはしなかった。

ひょっとして、ちーちゃんは俺のことを恨んでいないのか。

そんな考えが一瞬よぎったが、俺の甘い期待はすぐに壊される。


「・・・・悠人。それホント?」

「あ、あぁ」


俺はそう返事をすると、早苗は信じられないような表情をしたあと、俺を睨みつける。

だが、その表情は少し寂しそうで、少し悲しそうなそんな表情だった。

そして、気が付くと、木の葉は俯いて、咲は、



泣いていた。



「・・・・・咲?」


俺が咲の名前を呼ぶと、咲は涙をぬぐいながら言う。


「・・・すみません。何故か・・・・涙が止まらなくて」


咲はいつもより弱々しい声で俺に言う。

だが、俺には何もかもわからなかった。

どうして、早苗が、木の葉がそんな表情をするのか。

どうして、咲が泣いているのか。


「じゃあ、悠くん。行こうか」


俺の頭の中は何も整理がついていないまま、ちーちゃんは俺にそう言ってきた。

どうやら、ちーちゃんは俺を部室から出して帰らせようとしているようだ。


「いや、俺は部活が」

「部活?これが?」


ちーちゃんはバカにしたように言う。

おそらく、ちーちゃんの視線の先には三人の少女が映っていることだろう。


「これがって、こうしたのはちーちゃんだろ」

「私?私はなにもしていないよ。ただ、彼女宣言しただけ・・・・・あと、宣戦布告」


ちーちゃんは最後の方に何か言った気がするが、俺はそんなことを聞いている余裕がなかった。

何故なら、どこか危険な感じがしたのだ。

今のこの状況が、とてつもなく。


「むしろ、これは悠くんのせいだよ。君のせい」


ちーちゃんは俺の耳元まで口を近づけて囁く。

だが、俺はその言葉を理解できなかった。


これが?俺のせい?

まさか、そんなことがあるわけ・・・・


俺はそう思いながらも、考えてしまう。

ひょっとしたら俺が気づいてないだけじゃないか。

彼女たちを悲しませることをしていたんじゃないか。

俺はまたあの時と同じ過ちを犯してしまっているのではないか。


「悠くん」


そして、そんな俺に悪魔の囁きが聞こえてくる。



「君はこの部活に二度と出ちゃだめだよ」



この瞬間、俺の大事なものはすべて消えてなくなった。



*******



私、乙川 千尋が塔山高校に転校した日の放課後。

私は悠くんと一緒に悠くんの部活に行ったあと、悠くんと一緒にそのまま下校した。

彼と五年ぶりに再会したとき、私は



とても嬉しかった。



もうそれは言葉にできないくらいに。

だけど、それと同時に悠くんが私のことを忘れているんじゃないかと不安にもなった。

でも、悠くんは忘れていなかった。

屋上で私はあんなことを言ってしまったけど、教室で私の名前を聞いたときの彼の表情を見れば、私のことを忘れていないのなんかすぐにわかった。


悠くんは昔のことをすごく悔やんでいるみたいだけど、正直、私は感謝こそしても、恨んだりなんか、これっぽっちもしていない。

だから、屋上で悠くんが過去のことを引きずっている様子を見て、私は「気にしてないよ」とか「元気出して」とかそう言うこともできた。

でも、私はしなかった。

何故なら、



私は悠くんが大好きだから。



だから、私は悠くんが誰かに盗られる前に、悠くんの気持ちを利用して、悠くんの彼女になった。

特にあの柚原って子は非常に危ない。

巨乳だし。


でも、彼女になってしまえばこっちのもの。

これからゆっくりと私と悠くんの時間を過ごしていけばいい。

二人だけの時間を過ごしていければいい。


そして、私は



誰にも悠くんを渡さない。


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