本心
俺は今、非常に困った状況に置かれている。
それというのも、夏休み大満喫中だった俺は新川先生のいつもの横暴によって、学校の資料室の整理をさせられることになったんだが。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
俺と早苗は沈黙を保ったまま、それぞれで資料室の整理をしていた。
・・・・・気まずい。
ったく、一体あの人は何を考えているんだ。というか、まずどこで俺と早苗が気まずい感じになってること知ったんだよ。
俺は少し苛つきながら、段ボールから学校の歴史について書かれた用紙や、部活の大会の記念品を取り出していく。
早苗の方も、どうやら棚に置かれた資料を年代順に並び替えているようだ。
そういえば、いつ振りだろうか。
早苗とこんなふうになるのは。
まあ会えば、大体喧嘩にはなっているんだが。
・・・・・・そうか。あの時以来だな。
早苗と出会って間もない頃以来。
あの時は酷かった。あいつも・・・・俺も。
だけど、今となっては大切なやつだ。
それは間違いない。
「・・・・・フッ」
俺は自然と笑みがこぼれ、そして、立ち上がった。
木の葉には待てと言われたが、それはできないな。
そんなことをしていたら、こいつと、早苗と一緒に過ごす時間が無くなっていくじゃないか。
・・・・・・早苗に恩返しできなくなるじゃないか。
俺はゆっくりと歩き出し、早苗の前に行く。
そんな俺の姿を見て、早苗は驚いているようだ。
木の葉はああ言っていたが、俺が悪いのは間違いないんだ。
だから、何十回でも、何百回でも謝ろう。
それでも、もしかしたら早苗は許してくれないかもしれない。
もしそうなったら・・・・・・いや、そういうことは考えないでおこう。
ネガティブ、ダメ、ゼッタイ!
「・・・・どうしたのよ?」
早苗は驚きと不安が入り混じったような表情で俺に言った。
そんな早苗に俺は真っ直ぐ視線を向け、
そして、いつもより少し緊張したようで、でも力強い声で言った。
「悪かった!」
俺は早苗に向かって頭を下げる。
すると、早苗は先ほどより驚いているようだった。
だが、すぐに悲しげな表情になり、
「・・・・それ、何に対して謝っているの?」
早苗は冷たく言い放つ。
そして、俺はその言葉に返すことができなかった。
・・・・・ホント、情けないな。俺は。
俺はそう思いながら、頭を上げることができない。
そんな俺に早苗は「はぁ」と一つため息をついて、また整理の作業に戻った。
「・・・・・・なあ、早苗」
俺は頭を下げたまま、尋ねる。
「・・・・・・・何よ?」
早苗はしゃがんで、棚の資料の並べ替えをしながら返事をする。
「・・・・・・俺さ、お前に感謝しているんだ」
「・・・・・・え」
突然の俺の言葉に早苗は振り返る。
そして、俺も頭を上げ、早苗と向き合う。
この時、俺は素直になろうと思った。
自分の気持ちに素直になろうと。
それで、もし早苗が離れて行ってしまっても、俺は構わない。
何故なら俺に今できることはそれくらいしかないのだから。
「早苗。俺が今どうしてここに立っていられるかわかるか?」
俺が尋ねると、早苗はキョトンとした表情をしていた。
どうやら見当もついていないようだ。
俺はその表情を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
そして、
「全部、早苗のおかげだよ」
俺の言葉に早苗の頬がだんだん赤くなっていくのがわかった。
かなり動揺しているようだ。
でも、俺にはまだまだ早苗に伝えたいことがある。
「早苗があの時、俺を助けてくれたから、今ままで傍にいてくれたから、俺は今こうやって学園生活を送れているんだ。まあ、思い描いていたのとはちょっと違うけどな」
「・・・・・!?」
俺は笑顔になって早苗に言った。
すると、早苗は照れているのか、身を縮こませてしまう。
そして、ようやく口を開いてくれた。
「・・・・・いきなり、何言い出すのよ」
「いきなりでもないさ。ずっと思っていたことだ」
「そ、そう・・・・・・それ、ホント?」
早苗は縮こまったまま、不安そうに尋ねる。
そんな早苗に俺は迷いなく言った。
「本当だよ。全部俺の本心だ」
俺がそう言うと、早苗は急に手で顔を隠し出した。
正直、それはかなり可愛くて、その時の俺の顔は確実に赤くなっていただろう。
「でもな、早苗。もし、俺が嫌いになったのなら、もう関わりたくなくなったのなら、俺はそれで構わないよ。諦める」
俺は少し小さく、震えた声で言った。
だが、早苗は、
「そんなことあるわけないじゃない!!」
廊下にまで響くような大きい声で早苗は言い放った。
早苗の表情はまだ頬に赤みが残りながらも、どこか焦ったようなそんな表情だった。
「あたしが、悠人を嫌いになるわけじゃない!・・・・そんなこと、あるわけ」
早苗の声は震えていた。
だが、それは早苗の本心だとことがしっかりと伝わってくる。
・・・・そうか。
そしたら、俺はまだ早苗に恩返しをすることができるんだな。
早苗と離れなくて済むんだな。
「ねえ、悠人」
俺は少し安心していると、早苗が尋ねる。
「何だ?」
「一つだけ。聞きたいことがあるんだけど」
早苗は少し、手をもじもじさせながら言ってきた。
そういや、桜空もこれやってたな。
最近、流行っているのか?これ
「いいよ。何でも聞けよ」」
俺がそう言うと、早苗は深呼吸を一つして、そして、尋ねた。
「悠人って、・・・・その・・・桜空さんと付き合ってるの?」
その言葉を言った早苗は俺を直視していなく、どこか緊張をしているようだった。
だが、俺はその問いの意味がよくわからなく、どうして早苗がそんな質問をするのかもわからなかった。
だから、俺は迷いなく、正直に言う。
「俺と咲は付き合ってなんかないよ」
俺がそう言うと、早苗は何故か驚いているようだ。
「えっ!うそ・・・・本当に?」
「こんなところで嘘ついてどうすんだよ」
俺は少し呆れながら言った。
咲と俺が?
ありえない。というか、想像もつかない。
俺がそんなことを思っていると、早苗は何故だかはわからないが、「やった!じゃあ、あたしにもまだ・・・」とか言いながら、小さくガッツポーズをしていた。
「?どうした?」
「えっ、べ、別に何でもないわよ。全然、何でもないんだからね」
いやいや、そこまで主張しなくても。
だが、どうやら早苗は元気になってくれたようだ。
「早苗」
「何よ?」
「これからもよろしくな」
俺がそう言うと、早苗は満面の笑みで言った。
「うん!」
この時、俺の幼なじみは世界で一番可愛いんじゃないかと思ったのは勘違いではないだろう。
*******
早苗との資料室での一件から二週間が経った。
ということは、つまり、
「学校が始まってしまった」
俺は自分の席で顔をうずめながら言う。
すると、こつこつと誰かが近づいてくる音が聞こえた。
まあ大体予想はついているんだが。
やがて、その音は止まり、聞き覚えのある声が聞こえてくる
「別にいいじゃない。学校始まっても。どうせ夏休み中、家に引きこもってばっかだったんでしょ」
「どこが引きこもってばかりだ。お前のせいで全然引きこもってないぞ。というか。もろアウトドアだっただろ」
俺がそう言うと、早苗は苦笑する。
しかし、これは本当のことなのだ。
あの資料室での日以来、早苗は三日に一回、ショッピング行こうやら映画行こうやらで俺を外に出すのである。
ギャルゲーマーからしたら外は天敵だというのに。
「・・・・はぁ」
俺は悔やむように、ため息をつく。
「な、なによ。別にいいでしょ。・・・その・・楽しかったんだから」
早苗は恥ずかしそうに言う。
そんな早苗の言葉に俺は笑みを浮かべながら返した。
「まあ、そうだな」
「え・・えへへ」
早苗は可愛らしく笑った。
これで暴力さえなければな。
とか俺は思ったりもするが、まあ言わないでおこう。
・・・・・死んじゃうからね。
「はーい。みんな座ってねー」
そうこうしてるうちに、うちのクラスの担任こと、鈴木 美月先生が入ってきた。
夏休み明けだからか、かなり張り切っているようだ。
・・・・頑張れ、先生。
俺が隠れたエールを送っていると、鈴木先生はクラス全員が座ったのを確認してから、笑顔になってクラス全員に言った。
「実は、みんなに良い報告がありまーす。なんと、今日からまたクラスに新しいメンバーが加わりまーす」
鈴木先生はかなりのテンション高めでクラスの生徒に言った。
先生大丈夫ですか?
頑張りが空回りしていませんか?
・・・・先生、頑張れ。
俺は二度目の隠れたエールを先生に送った。
まあ要するに転校生がうちのクラスにまた来るということだろう。
というか、うちのクラス転校生多くね?
まるでラノベの主人公がいるクラスみたいだな。
俺はそう思いながら、鈴木先生の話を聞く。
「では、いきなりですが、転校生を紹介しちゃいますよー。・・・・はい、出てきていいよー」
相変わらず、テンション高めで先生がそう言うと、一人の少女が教室に入ってきた。
その少女は、髪形は金髪のツインテールで、顔は美しく、かなり整っている。
頬は思わず見入ってしまうほど美しく白く、目はカラコンでも入れているのか、とても綺麗な青色をしていた。
正直、かなり可愛いと言っていい。下手したら咲レベル。
おそらく、クラスの男子どもからは歓喜の声が上がるだろう。
俺がそんなことを思っていると、少女は黒板の前に立っていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「名前は乙川 千尋っていいまーす!よろしくお願いします!」
ガタンッ!
少女は元気よく挨拶したと同時に、俺は気づいたら立ち上がっていた。
そのせいで、クラスの全員がこっちを見ている。
だが、俺はそんなことを気にしている余裕すらなかった。
そして、俺は思考を張り巡らせる。
・・・・いや、まさか。
きっと名前が同じなだけだ。
ありえるわけがない。
きっと勘違いだ。
違う、絶対違う。・・・・・絶対
「・・・・・・・・・・!?」
不意に俺は黒板の前に立っている少女と目が合うと、少女は・・・・・
笑った。
そして、少女は俺に言う。
「久しぶりだね!悠くん!」
少女の言葉に、俺は動揺をしながらも、頭が真っ白になりながらも、五年ぶりにあの少女の名を口にした。
「・・・・・ちーちゃん」
この時、俺は悟った。
俺は勘違いをしていた。
どこか自分の中で片が付いたように思っていた。
終わっていたように思っていた。
だが、そんなことがあるわけないのだ。
何故なら
俺の過去はまだ始まってすらいなかったのだから。




