頑張れ
俺は咲を家に上げると、先日の木の葉のように俺の部屋には行かせず、そのままリビングに案内した。
なんせ家族が誰一人いないのだ。
こんな広々としたリビングを使わない手はないだろう。
「そこ、座っていいから」
「あ・・・・はい」
俺はソファに指を指しながら咲に言うと、咲はゆっくりとソファに座った。
今日の咲はピンクのスカートに白のTシャツとその上に白のカーディガンを羽織っているんだが、
「それ、暑くないか?」
俺は疑問思いながら言う。
今は夏なのだ。しかも今日は最高気温30度越えの真夏日である。
なのに、咲は何故か秋の初めの時に着そうな格好をしているのだ。
あと、白に白って明らかにおかしいし。
「え、あ・・・大丈夫ですよ。全然大丈夫です」
咲は俺の言葉に手をわちゃわちゃさせながらそう答えるが、咲の額からは汗が流れている。
「いやいや、全然大丈夫じゃないだろ」
「だ、大丈夫ですよ。全然暑くないですよ。とても涼しいです」
咲はそう言って、頑張って平気そうな顔をする。
俺はせめて上の羽織っているものでも脱がせようかと思ったが、それはやめておいた。
ここまで意地を張るのだから、よほどこのカーディガンが好きなのだろう。
あと、俺が咲に服を脱げというのは気が引けるというか、ただの変態だ。
「まあそれならいいんだが」
俺はそう言って、台所でお茶を入れる。
もちろん冷たいやつだ。
こんな時に暑い飲み物なんて飲めたもんじゃないからな。
俺は二つのコップにお茶を入れ終えると、咲のいるリビングに戻り、咲の前にあるテーブルに冷たいお茶入りのコップを一つ置く。
そして、俺は咲の隣に座った。
ちなみに、もちろん距離は開けている。当たり前だ。
本当は咲と違うソファに座りたいのだが、うちの家計はそんなものを買っている余裕はなく、生憎うちにソファは一つしかないのだ。
「で、今日はどうしたんだ?お前も遊びに来たのか?」
「え・・・まあ、そうですね。・・・?お前も?」
咲は俺の言葉に違和感を覚えたようで、俺を見て首を傾げる。
「あ、いや・・・・何でもない、忘れてくれ。・・・・だが、遊ぶって何して遊ぶんだよ」
うちにはギャルゲーか漫画しかないぞ。
とてもお嬢様に教えられる遊びじゃない。というか、教えたくない。
となると他の遊びは・・・・・・ねぇな。
「そ、そーいえば悠人さん。この部屋は暑いですねー。とーてもーとーてもー」
俺が咲と何で遊ぶかということについて、考えることを諦めると、突然、咲がそう言ってきた。
しかも、かなりの棒読みで。
「いや、だからそれは、お前がそんな格好をしているせいだと思うんだが」
「暑いですねー。ホントーに暑いですよー。これはもう服を脱がなければいけませんね」
咲はそう言って俺の方を見る。
このお嬢様は一体何を言っているんだろうか。
俺には理解不能である。
もしや、この暑さで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
もしそうならどうしようか。
漫画を読ませるか、ギャルゲーをやらせるか。
・・・・・いやいや、落ち着け。
ってか、頭がおかしいのはどうやら俺の方だな。
俺がそんなことを思っていると、いつの間にか咲がカーディガンを脱ぎ始めていた。
まあそりゃそうだ。
こんな暑いときにそんなもの着る人など一人もいない。
咲はゆっくりとカーディガンを脱ぎ終えると、それを丁寧に畳んで、
そして、
「どうですか?悠人さん」
薄着になった咲は何故か俺の方を向いて尋ねる。
どうですか?って、全然意味がわからないんだが。
しかし、目力というものなのだろうか。
咲の目から何か言って欲しいオーラがにじみ出ている。
さて、何を言おうか。
まあここは無難に。
「薄着が・・・・涼しい?」
俺は疑問に疑問で返すと、咲は「はぁ」とため息をついてしまった。
あれ?今の会話の流れだと気温的な話じゃないの?
そうじゃなかったら、今のはかなり難問だな。
現実はギャルゲーのようにはいかないものである。
「悠人さん。私は悠人さんの部屋へ行きたいです。いえ、行きます」
咲はため息をついていたので落ち込んでいるかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。
というか、俺の部屋行くの確定事項なのね。
******
俺は二階に上がり、咲を自分の部屋へ案内すると、床に座ってもらった。
本当、木の葉の時といい、今の咲といい申し訳ないことをしている。
今度、高級な座布団でも買ってくるか。ちょっと旅館ぽい奴やつ。
・・・・いや、普通のにしよう。金銭的に。
「で、俺の部屋で何するんだ?」
俺はテーブル越しに咲と向かえ合わせになるように床に座って尋ねる。
「え、あ・・・それは」
俺の言葉に咲はあやふやに答える。
・・・・・決めていなかったんですね。
ってか、そしたら俺の部屋に来る意味がなかった気がするんだが。
俺がそんなことを思っていると、咲がいきなり立ち上がり、スタスタと移動を始める。
・・・・・・・って、そっちは俺の
「ふふ、悠人さんのベッドやわらかいですね」
俺が注意をしようとする前に咲は俺のベッドに座る。
そして、足を交互に可愛らしくゆらゆらさせていた。
いや、俺のベッドは寝る専門で、そういう女子の可愛さアップに使うのはやめていただきたい。大歓迎だが、やめていただきたい。
俺は頭の中で訳の分からないことを考えていると、咲がまたあの言葉を言う。
「それで、悠人さん。どうですか?」
出た。
さっきはまだ気温という会話の流れがあったが、今回は流れも何もない。
ただ女子が俺のベッドの上で足をゆらゆらさせているだけである。
ったく、もしこんなギャルゲーがあったら絶対買わないだろう。
俺は頭の中でそう文句を垂れつつ、先ほどと同じように、無難そうな言葉を選んでから言った。
「ベッドが気持ちいい?」
また俺が疑問い疑問で返すと、咲は再度、「はぁ」とため息をつく。
どうやらまた違ったようだ。
さすがにこの難問は俺には解けないようだ。
となれば、今日は咲が帰ったあと、ギャルゲーを徹夜でやろう。そうしよう。
俺がこのことを口実にギャルゲーをやることを今日の予定に入れることを考えていると、咲が今度はいじけた表情になっていた。
「?どうした?」
「いえ・・・・その、失敗するのはいいのですが、それでも名前くらいは・・・」
咲の声は小さくてよく聞こえなかったが、唯一、最後の言葉だけが聞こえた。
「名前?」
俺が尋ねると、咲は両手をもじもじとさせながら言う。
「・・・今日、悠人さんは私のことを一回も名前で呼んでくれませんね」
そう言う、咲はみるみる頬が赤くなるのがわかった。
その姿を見ると、俺の心臓の鼓動が徐々に速くなっていく。
いや、いきなりそんな表情をするのはやめて欲しい。
陰山お兄さんはノミの心臓なんだからショック死してしまいますよ。まじで。
「・・・・いや、そういやそうだったか?」
「はい、そうです」
「・・・その・・・・悪い」
俺は咲の顔を直視できず、少し横を向きながら謝る。
もしや、今日の咲のようすがおかしかったのはそのせいだったのだろうか。
でも、名前で呼ばれないからってあの気品で、美しい、お嬢様のような人である咲がおかしくなったりするだろうか。
まあどちらでもいい。
とりあえず、咲本人が遠まわしに名前で呼べと言ってきてるんだ。
ここは素直に呼ぶとしよう。なるべく、会話を混ぜて自然な感じで。
俺はそう思いながら口を開く。
「・・・・その、咲は・・・・可愛いから」
「え、・・・ふえ?」
俺の言葉に咲はかなり動揺をしたようで、変な声が出てしまう。
しまった。俺は一体何を言っているんだ。
しかも、これじゃあ会話の立て直しが聞かない。というか、五秒前に戻りたい。
・・・・・はぁ、仕方がない。このままどうにかするしかないか。
「・・・・だから、咲が可愛いから、名前を呼べなかったんだよ」
その言葉を言っている俺はきっと顔が真っ赤になっていただろう。
というか、可愛いから名前が言えないとかもう意味不明である。
俺の言語能力がここまで低いとは自分でも思いもしなかったよ・・・・はぁ。
俺は心の中で落ち込んでいると、咲がふふっと笑う。
「そうですか。・・・・私は、可愛いですか」
嬉しそうに言う咲の姿はとても可愛らしく、美しく、その姿を見るだけで世の男子の誰もが恋をしてしまいそうな、そんな姿だ。
まあ、そんなことは俺には起こらないのだが。
どうやら、これで咲の機嫌が良くなってくれたようで何よりである。
「で?俺の部屋で結局何するんだ?」
「いえ、今日はもう帰ります」
俺が尋ねると、咲はいつもの笑みを浮かべ答える。
まあもうそろ昼だしな。
俺の家にこの人を満足させられる食材はないので、そうしてくれた方がありがたい。
フォアグラとかキャビアとか出せねーし。ってか、俺の家族一人も食べたことすらない。
そして、俺は咲を玄関まで案内すると(まあ別にもう案内しなくても大丈夫なんだが、家の広さ的に)、咲が俺に向かって言う。
「では、また」
「おう、またな」
俺の言葉を聞くと、咲は扉を開け、帰っていった。
そして、俺は地獄の時間に刻々と近づいていた。
とても恐ろしく、とても危険な地獄の時間に。
******
そして、地獄の時間がやってきた。
「で?何で絶賛夏休み期間中の俺が学校に来ているんですか?」
「決まっているだろう私が呼んだからだ」
「だから、何で呼んだんだって聞いてんだよ!?」
咲が俺の家に来た日の翌日の朝、俺は何故か職員室で我ら第二生徒会の顧問、新川先生と話していた。
「何でって、私は言っただろう。お前を夏休みでもこき使うと」
「いや、あれ本当だったのかよ」
「おいおい、まさか冗談だと思っていたのか」
そうだったよ。この人は冗談とかいうタイプじゃなかったよ。
俺はそう思いながら、諦めるようにため息をつく。
まあどうしてこうなったかというと、今日の朝、いきなり新川先生から電話がかかってきて、それを無視すると、留守電で『学校へ来い。さもないと、お前の単位が消えてなくなることになるぞ』と言われ、俺は急いで学校へ行き、今の現状へ至ったというわけである。
ホント権力乱用にも程がある。
これが俺の親戚だと思うと涙が出てくるよ。
「で?話を戻しますけど、俺は何をすれば?」
「それはだな」
新川先生がニヤケタ瞬間、俺は思った。
これはロクなことじゃないな。
*********
「ここだ」
俺は新川先生に連れられてとある部屋に着いた。
「ここは・・・・資料室ですか?」
「そうだ。そして、お前にはここの整理を頼む」
ここは学校の歴史や記念品などが置かれている部屋である。
そして、どうやら俺はここの整理をすればいいだけのようだ。
俺は最悪の事態を想定していた。
例えば、新川先生の仕事を無理やり手伝わされたり、第二生徒会を夏休み中も一人でやれとか言われたり、そんなことだと思っていた。
だが、これは
「楽だな」
俺は思わずそう呟く。
「ほう。別にもっと仕事を増やしてもいいんだぞ。私は」
「いやぁ、これは大変そうだぁ。他の仕事はやっている暇なんてないなぁ。うん。そうに違いない」
俺は仕事が増やされることを回避するために、わざとらしくそう言う。
「まあいい。とりあえず、頼んだぞ。あと、頑張れよ」
新川先生は俺にそう告げると、資料室の扉を開け、この場から去って行った。
・・・・頑張れ?一体何を頑張れっていうんだ?
俺はそう思いながらも、気にせず整理を始めようとする。
だがしかし、
ガラガラガラ
何やら資料室の扉が開く音がした。
新川先生が戻ってきたのだろうか?
俺はそう思って、扉の方へ振り返る。
すると、そこにはかなり、それはもうかなり見覚えのある少女がいた。
そして、その少女、いや、幼なじみは俺を見て呟く。
「・・・・・悠人?」
この時、俺は新川先生の言葉を思い出す。
―『まあいい。とりあえず、頼んだぞ。あと、頑張れよ』―
俺は思う。
あのクソババアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!




