甘くない
木の葉が俺の家に来た日から一週間が経った。
あのデパート事件以来、早苗は俺の家に来ることもなく、連絡が来ることもない。
俺の方から早苗に謝罪のメールでも送ろうかと思ったが、それも結局やめた。
木の葉曰く、今は待つとき。つまり、そっとしておいた方がいいのだろう。
「・・・・はぁ」
俺はリビングのソファで寝転びながら、一つため息をつく。
今日、妹はいない。何やら、お友達と遊園地にいくとか何とか。
だから、今俺は一人である。
ということは、
「とりあえず、ギャルゲーやるか」
俺は自分の部屋からギャルゲーを持ってこようとソファから立ち上がる。
一人。
つまり、ギャルゲーが大画面で、大音量で出来るということである。
なんと素晴らしい。
この機会を逃すのはナンセンスである。
俺はそう思い、リビングを出て、廊下にある階段を上がろうとする。
だがしかし、
ピンポーン
実に最悪のタイミングである。
ったく、一体誰だ?
こんな時に俺んちのインターホンを鳴らすやつは。
もうそいつは絶対空気読めないやつだな。
この地球上で空気読めないナンバー1の中のナンバー1である。
俺は顔も見ていない奴をそう侮辱しながら、玄関へ向かい扉を開けた。
すると、そこにはだいぶ見覚えのある美少女が立っていた。
「あ・・・あの、悠人さん。遊びに・・・来ちゃいました。テヘ♡」
俺は心の中で目の前にいる美少女にだいぶ悪いことを言ってしまったこと。そして、その美少女がいつもとキャラがだいぶおかしいことが頭の中でカオス状態になって、とりあえず美少女に向かってこう言った。
「・・・・すいませんでした」
******
――――桜空が陰山の家に来る一日前の夜。
桜空は食事を終えた後、いつかのときのように桜空の母、桜空 有紀に彼女の書斎に来るように言われたので、書斎へ向かって歩いていた。
そして、有紀の書斎に着くと、コンコンと二回扉をノックする。
「いいですよ。入りなさい」
「失礼します」
有紀にそう言われ、桜空は書斎へ入ると、有紀はオフィスチェアで何かの資料を読んでいた。
「そこに座りなさい」
「あ、はい」
有紀は桜空が書斎に入ったのを確認すると、持っていた資料を机に置いて言った。
おそらく、部屋の中央にあるソファに座れと言うことだろう。
桜空は言われた通り、そのソファに座る。
有紀も桜空が座ったのを見ると、自分も桜空と向かい合わせになるようにソファに座った。
正直、桜空は不安だった。
もしかしてまた、新しい婚約者を見つけてきたのではないか。
学校を辞めさせられることはなくても、陰山たちと過ごす時間が減らされるのではないか。
そんな不安が頭の中を過っていた。
そして、有紀は桜空に向かって、唐突に言った。
「咲。明日、陰山さんのお家へ行きなさい」
「あ、はい。・・・・・はい?」
桜空は有紀の予想外の言葉に驚きを隠せない。
「お母様。それは・・・どういう・・・」
「どうもこうもないですよ。陰山さんのお家へ行って、陰山さんと親密を深めてきてください。もう恋人、いえ、夫婦になってもいいのですよ」
有紀は少し笑みを浮かべながら、桜空に言う。
「こ、恋人・・・ふ、ふふ、夫婦!?お母様、いきなり何をおっしゃるんですか!?」
「あら、では、咲は陰山さんとはそんな風にはなりたくないのですか?」
「そ、それは・・・・・」
有紀の言葉に桜空は言葉を濁すしかなかった。
その反応を見て、有紀はまた微笑する。
「大丈夫ですよ、咲。あなたは最高に美しいのですから、自信を持ちなさい」
「・・・お母様」
桜空は有紀の言葉にすごくほっとする。
それは、有紀の話の内容が、桜空の考えていたような話ではなかったこともあるが、自分の母親にこういうことを言われると、本当に自分のことを思ってくれているということがしっかりと伝わってくるからだろう。
「あ、そうです。咲。あなたにはあれを授けましょう」
「あれ・・・ですか?」
桜空は有紀の言葉に首を傾げていると、有紀は自分の仕事用の机からとある本を取り出し、桜空の前のテーブルに置く。
「これを使いなさい」
「『男を確実に落とせる100のテクニック』・・・ですか?」
桜空は目の前に置かれた本のタイトルを読むと、有紀は美しい笑みを浮かべる。
「そうですよ。これで陰山さんを落としなさい。そうしたら、あなたたちは夫婦になれますよ。とてもいい夫婦にね」
「私と・・・・悠人さんが・・・夫婦」
その時、桜空の頭にはいくつもの未来が浮かんだ。
朝ご飯を作り終えた後に、陰山を毎朝起こしにいく未来。
陰山と行ってきますのチューをする未来。
陰山とお帰りなさいのチューをする未来。
陰山とゆったりと話をしながら晩御飯を食べる未来。
陰山と毎晩、一緒にお風呂に入る未来。
陰山と毎晩、一つのベッドで一緒に朝まで眠る未来。
陰山と桜空と陰山の子供と桜空で毎日楽しく暮らす未来。
「それは、とっても幸せですね」
桜空が頬を赤らめながら呟く。
そして、桜空 咲は決心する。
「私、頑張ります!」
そう言って、両拳を可愛く握る桜空。
その姿を笑顔で見つめる有紀。
だが、有紀も桜空も知らなかったのだ。
ラブコメとはそんな甘いものではないのだと。




