どうして
俺は今俺の幼なじみこと、柚原 早苗と町のデパートに来ているわけだが、
「悠人。この服とかどう?」
試着室から出てきた早苗は俺に尋ねる。
「え?・・・まあいいんじゃねーの」
「何その興味のない反応。悠人のくせに」
そう文句を言いながら、早苗は勢いよくカーテンを閉めた。
別に俺は興味がないわけじゃない。
しかし、早苗が着る服は毎度毎度露出が多いのである。
特に、胸のあたりが。いや、胸のあたりだけか。
なので、目線にやる場所がなく、結果、興味のないような感じになってしまっているのである。
「悠人。今度は、アイス食べにいこ」
俺がそんなことを思っていると、早苗が試着室から出てきて言った。
「アイス?もうそろ昼だぞ。アイスよりも飯食べねぇか?」
「全く。悠人はわかってないわね。女子と男子がデートをするときの鉄板はアイスに決まってるじゃない」
早苗はそう自信満々に胸を張って言った。
そうなのだろうか?
俺はてっきり、デートというものは、遊園地でキャッキャ、ウフフしたり、水族館でキャッキャ、ウフフしたりするものだと思っていたんだが。
というか、
「なあ、早苗?」
「何よ?」
「これってデートなのか?」
俺がそう尋ねると、さっきまでのやかましさはどこへ行ったのやら、早苗は急に黙り込んでしまった。
「おい早苗?」
「・・・・う」
「?なんだ?」
「・・・・違う」
「?声が小さすぎて良く聞こえないんだが、何て言っているんだ?」
「だから、違うって言ってるでしょーが!!ばかぁ!!」
突然、早苗は声を荒げて言うと、そのままアイスの店がある方向へ走って行った。
あぁ。結局行くんですね。アイス。
俺はそう思いながら、一つため息をつく。
しかし、何で急に怒り出したんだ?
何か悪いことでも言ったのだろうか?
本当俺の幼なじみはよくわからないやつである。
俺はそんなことを思っていると、急に昔のことが頭に浮かんだ。
放課後の教室。
一人の少女は俺に向かって笑みを浮かべ言う。
―『本当、あんたってバカね。これはあたしが傍にいるしかないかなぁ』―
「本当、よくわからないやつだ」
俺は笑みを浮かべ小さく呟き、俺の幼なじみの後を追って行った。
******
俺がアイスの店に着くと、一足に先に早苗が並んでいて、列の最後尾で「こっちよ」と手を振っていた。
どうやら、もう怒ってはいないようだ。
あぁ、良かった。
もしも、まだ怒っていたら俺がアイスもろとも破壊されるかもしれませんでしたよ。
アイス食べるだけでも命がけって、もうホントなにこれ。
「遅いわよ」
俺が早苗の後ろに着くなり、早苗は腰に手を当て、少し前のめりになりながら言った。
そのせいで、早苗の学年トップクラスの胸が服の隙間から見えそうになる。
陰山さん的にはその体制はやめていただきたい。
普通の男子高校生なら泣いて喜ぶ展開だが、ラブコメも恋愛も興味がない、というか、必要がない俺にとってはそのようなものを見せられても、ただただ目線のやり場に困るだけである。
・・・・本当ですよ。見えなど張っていませんよ。・・・・本当なんだからね!
「遅いって、お前が急に走り出すからだろ。俺の体力のなさを舐めるな」
「悠人。それ自分で言ってて恥ずかしくないの」
「うるせ」
俺はそう小さく言って、そっぽを向いた。
第一、早苗の体力だって異常である。
あれは人間を超越したものだ。あと、腕力も。
「ふふっ」
俺が心の中で早苗に文句を言っていると、早苗が急に微笑をする。
「?どうした?」
「いいやぁ、別にぃ。ふふ」
早苗はそう言いながらも、再び微笑をする。
「どうしたんだよ?」
俺が再び尋ねると、早苗はまだ笑みを浮かべながらも、今度はしっかりと答える。
「楽しいなと思って」
「まあそうだな。アイスを食べるのは楽しいよな」
俺は早苗の言葉に少しふてくされながら答える。
「違うわよ」
そんな俺に、早苗は笑みを浮かべ言った。
だが、俺はその言葉の意味がわからず、少し戸惑う。
「だから、あたしはアイスを食べたりするのとか、服を選んだりするのも楽しいんだけど、そうじゃなくて・・・・」
早苗はそこまで言うと、少し俯き、黙り込む。
その時の早苗の表情はかなり頬が赤くなっていて、なんというか・・・・その、かなり可愛かった。
そして、早苗は俺の目を見て、その言葉の続きを言った。
「悠人といるのが一番楽しい」
笑顔で言ったその言葉はすごく俺の心に響いて、少なからずとも、俺の心拍数が跳ね上がったことは、早苗のせいであることは勘違いではないだろう。
「そ、そうか。それはよかったな」
「うん!」
俺の言葉に再び、笑顔で返事をする早苗はいつもより断然可愛くて、なんというか、これがギャップ萌えとでもいうのだろうか。
だが、このままだと俺のノミの心臓が耐えられそうにないので、俺は話をそらすことにした。
「まあ、あれだな。今度はみんなで来たいよな。木の葉とか咲とか誘って」
俺がぎこちない笑みを浮かべながら言って、早苗の方を向くと、そこにはさっきまで可愛らしい笑みを浮かべていた幼なじみの姿はなかった。
「どうした?早苗」
「・・・・どうして」
俺が尋ねると、早苗は顔を俯かせながら呟くが、先ほどと同じように声が小さくて、全ては聞き取れない。
「?何がだ」
「・・・どうして、“咲”って呼んでいるの?桜空さんのこと」
俺が再び尋ねると、早苗は少し悲しげなこえで俺に聞き返す。
「え、いや・・・その、まあ色々あって」
俺は早苗の疑問に曖昧に答えることしかできない。
それはそうだ。
俺が咲の望まぬ婚約を止めるために、助けにいったことは新川先生から口止めされているのだから。
夏休み早々、死にたくないしな。
「・・・・そう」
俺が答えると、早苗は静かに呟く。
「あたし、もう帰る」
「え、アイス食べなくていいのかよ」
「いいわよ。なんか、食べる気無くなっちゃった」
早苗は小さな声で言うと、並んでいた列から外れる。
「おい、本当に食べないのかよ」
「悠人は食べて行けば。あたしは先に帰ってるから」
俺の言葉に、早苗は冷たくそう返して、そのままデパートの出口の方へ向かって行ってしまった。
「なんだ?あいつ」
俺は早苗の後ろ姿を見ながら呟いた。
急に笑ったり、急に落ち込んだり、本当に俺の幼なじみはよくわからない。
だが、
「・・・・心配だな」
俺は小さな声でそう呟いた。
だが、この時、俺は知らなかったのだ。
俺がいかに最低な人間であったのかを。
いかに最悪な人間であったのかを。
いかに愚かな人間であったのかを。
だから、俺はまた自分の手で自分の大切なものを失ってしまう。




