わかっていない
俺と早苗はデパートに入ると、まず最初に早苗が「服を見たい」と言うので、レディースの服が売っているコーナーを歩いていた。
周りは女性や、カップルの客ばかりで、何というか・・・・居づらいな。
「ねぇ、人の話聞いてる?」
俺が首をきょろきょろさせながら歩いていると、早苗が少しイライラした様子で俺に尋ねる。
「えっ・・・・あ、まぁ・・・・何だっけ?」
「やっぱり聞いてない」
早苗はそう言いながら頬をぷくりと膨らませていた。
あぁ、やばいやばい。
一見ふざけているようなこの表情だが、これは早苗の怒りメーター半分くらいはいっている証である。
ちゃんと話聞かねぇと。
「悪かったよ。それで何?」
「だから、最近、桜空さんが部活に来ない日があったでしょ」
「あぁ、まあそうだな。でも、二週間程度で戻ってきたじゃないか。本人も風邪をこじらせただけだって言ってたし」
「それは・・・そうだけど。なんか違う気がするのよね」
早苗は顔を少し俯かせ考え込む。
早苗は知らない。
桜空が婚約させられそうになったことも。
そして、学校を退学にさせられそうになったことも。
まあ別に教えても良かったのだが、何故か新川先生に止められた。
というか本当にあの人には困ったものである。
――――――――――――昨日の放課後。
俺は新川先生に呼び出され、屋上に向かった。
「何ですか先生?俺、明日の夏休みの準備しなきゃいけないんですけど」
俺は屋上の扉を開けるなり、茜色に輝く夕焼けを見ながら黄昏ている新川先生に向かって言った。
新川先生は俺の声に気づいたのか、ゆっくりと振り返る。
あれ?おかしいな。
夕日のせいか、新川先生がいつもより美人に見える。
ということは、必然的に先生の性格も美人になるということに。
「何が夏休みの準備だ。お前に夏休みなど来ない。何故なら私が学校に呼び出してこき使ってやるからだ」
全然違いました。
ってか、普通に恐ぇよ。
そして、俺の長期休みをそんな無下に扱わないで欲しい。
「いや、それは嫌ですけど。ってか、もしかしてそんなくだらないこと言うために呼び出したわけじゃないですよね」
「くだらない?そしたら本当に呼び出すぞ」
「すいません。勘弁してください」
俺はそう言いつつ、土下座した。
ってか、これじゃあ話が進まないんだが。
俺がそんなことを思っていると、新川先生がようやく本題に入った。
「まあ、冗談はこれくらいにして。陰山。お前、桜空の婚約を無事止められたらしいな。理事長からすべて聞いたよ。あと、お前宛のお礼の言葉ももらった。『ありがとう』とね」
「あれは・・・まあ、偶々。というか、新川先生のおかげでもあるというか」
俺は新川先生の言葉に曖昧な言葉で返す。
だが、それと同時に俺は新川先生と職員室で話したときに言われたことを思い出した。
「そういえば、新川先生。なぜ俺、単独で桜空の婚約のことを解決させようとしたんですか?まあ確かに、俺は早苗たちに迷惑をかけないために、最初からそのつもりだったが、新川先生の第二生徒会顧問という立場からしてみれば、部員全員で問題の解決にあたらせるのが普通だと思うんですが。それとも、俺と同じように早苗たちのことを思っての指示だったってことですか?」
俺が尋ねると、新川先生は微笑を浮かべながら答えた。
「まあそれに近いが。厳密には違うな」
俺は新川先生の言葉に首を傾げる。
厳密には違う?どういうことだ?
「はは、よくわかってないようだな。まあ要するにだ。私は早苗たちだけを心配したんじゃない。お前たち、第二生徒会部員全員を心配したんだ」
「部員全員?」
俺はその言葉を聞いても、まだ理解できなかった。
部員全員を心配して、俺を単独行動させた?
全然わからない。
「たぶん今のお前にはわからないかもな。でも、教えるつもりもない。だから、この話は終わりだ」
「え、おい。勝手に終わらせて・・・」
「あぁ、あと私からの話だが、桜空の婚約騒動のことは誰にも言うな。わかったな。言ったらお前の夏休みの宿題を十倍にして、お前家の郵便ポストに突っ込むからな」
新川先生はそう言いながら、鋭い形相で俺を見てきた。
そんな新川先生に俺は先ほどのことを言及することができず、ただ返事をすることしかできなかった。
「・・・はい」
「よぉし。そしたら、話はこれで終了だ。お前も早く帰っていいぞ。今日は部活禁止だしな」
「・・・わかりました」
俺はそう言って、屋上の扉を開け校内に入って行った。
「陰山。お前はまだわかっていない。何が人の関係を動かすのかを、そして、何が人の関係を壊すのかを」




