初めて出来た友達
花類との話し合いがあった日の翌日の夜、桜空は桜空の母である、桜空 有紀に自分の書斎に来るように呼ばれていた。
桜空は言われた通り、食事を摂った後に、有紀の書斎へ向かった。
「失礼します」
桜空はそう言いながら、有紀の書斎の扉を開け、部屋に入る。
有紀は書斎の奥にある椅子に座りながら、何かの資料を読んでいた。
「来ましたね」
有紀は桜空が書斎に来たことを確認すると、読んでいた資料を机に置いてから立ち上がり、書斎の中央にあるソファに座る。
「こっちに来なさい。咲」
「はい。お母様」
桜空は言われた通り、有紀の所まで近づくが、どうやら座らせてはもらえないようで、桜空は立ったままである。
「咲。私に何か言うことがあるでしょう?」
しばらくの間が空いた後、唐突に有紀が桜空に尋ねる。
「何か言うこと・・・・ですか?」
「そうですよ。何かあるでしょう?」
有紀は再び尋ねるが、桜空はその言葉の意味が理解できず、答えることができない。
そんな桜空を見て、有紀は一つ「はぁ」とため息をついた。
「昨日、花類さんに言ったらしいですね。『あなたとは婚約するつもりはない』と」
有紀の言葉に桜空は動揺を隠せない。
おそらく、花類が自分の親にでも言ったのだろうと桜空は思った。
目的は、桜空がこれ以上花類との婚約以外の選択肢の可能性を失くさせるためだろう。
「言ったのですね、咲」
有紀が鋭い声で桜空に言う。
「・・・・はい」
桜空が力のない声で答えると、有紀は再び深いため息をつく。
「いいですか?咲。あなたが花類の息子さんと婚約することはもう決まっているのです。それが変わることはないのですよ。絶対にね」
「わかっています。ですが、私は」
「それが分かっていないのですよ。あなたは『桜空グループ』の次期代表なのですよ。しっかりしてもらわないと困ります」
「ですが・・・・」
桜空は再び有紀に言葉を返そうとするが、有紀の表情を見てわかった。
この人も花類と同じく、桜空の話を聞く気がないのだ。
自分の会社のためなら、経営を上手くいかせるためなら、たとえそれが自分の子供の意見とはそぐわなくても、行ってしまうのだろう。
桜空は思う。
誰も私の話を聞いてもらえない。
私は本当にこのままは花類さんと婚約をしてしまうのでしょうか。
もう二度と、柚原さんや木の葉さんと会えないのでしょうか。
もう二度と陰山さんとも会えないのでしょうか。
「咲。もういいです。出て行きなさい」
有紀にそう言われると、桜空は有紀の書斎を出る。
そして、静かに泣き崩れた。
******
桜空と有紀が話し合った日から四日後、つまり、桜空が花類と結婚式を挙げる日だ。
式は町にある教会にて行われる。
まあなぜこんなお金持ち同士の結婚式が海外のどこかではなく、こんな平凡なところでやるのかというと、何やら花類が「式を挙げるなら、今桜空が住んでいる場所で挙げたい」という要望によって桜空や陰山が住んでいる町の教会で式を挙げることになったらしい。
「・・・・はぁ」
桜空はもうすでにドレス姿になっており、控室で一つため息をつく。
どうして私がこんな目に遭わなければならないのでしょう。
私はただ仲の良い友達を作って、ただ楽しく普通の高校生活を送りたかっただけなのですが。
桜空がそう思いながら今までの思い出を振り返る。
柚原との思い出。
木の葉との思い出。
そして、陰山との思い出
「・・・・嫌です」
桜空はそう呟くと、ぽとり、ぽとりと目から滴が落ちる。
「私は・・・嫌です。・・・・このまま、陰山さんたちとお別れだなんて・・・嫌です・・・私は」
悲しみや、苦しみや、悔しさや、色んな感情が入り混じった声で桜空は呟く。
だが、そんな声も虚しく控室の扉が開かれた。
******
桜空は式の担当である、この教会のシスターに連れられると、大きな扉の前に立っていた。
そして、シスターは去り、桜空の父、桜空 宗十郎が桜空の隣に立つ。
宗十郎は壇上まで桜空をエスコートする役目なのだろう。
「不安かい?咲」
「いえ、私は・・・大丈夫です」
桜空は強がって言うが、声は震えていた。
「大丈夫だよ。咲」
宗十郎は優しい笑みで桜空に言った。
だが、桜空はその言葉の意味がわからず、何も答えられない。
その直後、目の前にある扉が開かれた。
「さあ行こうか」
宗十郎の言葉で桜空は宗十郎の腕に手を掛け、一歩、また一歩と進む。
壇上には白のタキシード姿の花類がいる。
席は桜空の家族や親戚、花類の家族や親戚ですべて埋まっていた。
そして、桜空は壇上に上がり、花類の隣に立つ。
「花類 喜栄。あなたは病めるときも、健やかなるときも、生命ある限り、新婦を愛することを誓いますか?」
桜空が花類の隣に立ったことを確認すると、牧師が花類へ誓いの言葉を言う。
「誓います」
花類がそう答えると、牧師は、今度は桜空の方へ向いて誓いの言葉を言う。
「桜空 咲。あなたは病めるときも、健やかなるときも、生命ある限り、新郎を愛することを誓いますか?」
「・・・・」
桜空は答えられない。
それによって、少し教会内がざわつきだす。
「おい、早く言ってくれないか。君は僕の許嫁なんだよ」
花類は小さな声で焦ったように言う。
桜空は思う。
私は本当にこのままでいいのだろうか。
このまま諦めるだけでいいのだろうか。
もちろん、陰山さんたちと別れたくはない。
でも、だからといって、自分にはどうすることもできない。
それならやはり、このまま諦めるしか・・・。
桜空はしばらく黙った後、その小さな口を開く。
「ちか・・・」
「誓うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
桜空が誓いの言葉を返そうとした瞬間、突然、教会内に男の声が響き渡る。
それと同時に誰かがこちらに走ってくる音が聞こえてくる。
その音はだんだんと大きくなる。
そして、バンッ!と扉が開く音がした。
そこには一人の男がいた。
桜空はその男のことを知っている。
よくしっている。
なぜなら彼は、
「・・・・陰山さん」
桜空の初めて出来た友達なのだから。




