崩れる
体育祭も終わり、もうすぐ夏休み直前という月の七月。
俺はいつもならとても、それはそれはとても嬉しいはずなのに、素直に喜べない心境であった。
「もー、なんで桜空さんは部活に来ないの?悠人、あんたなんか知らない?」
早苗が部室の机にぐったりとして、俺に尋ねてくる。
「知らねーよ。ってか、知ってたら、お前が俺に聞くより前にお前らに伝えてる」
俺が答えると、早苗は「なんか、ムカつく」と呟きながら、俺のいる方とは逆側に顔を向ける。
そう。桜空は体育祭の二日後あたりから一回も部活に出ていない。
それどころか、学校にすら来てないらしい。
俺は、最初は病気かなんかだと思っていたんが、もしそうなら第二生徒会の部員である俺や早苗、木の葉に絶対連絡が来るはずだ。
まず、一週間も治らない病気なんか相当な重病か、中二病くらいしかない。
そうなんだよね。全然治んないんだよね。
俺なんか誰になんと言われようと、毎日、暗黒結社日記書いてたわ。
まあ、妹に「やめなきゃ襲う」と言われたら、一瞬で目が覚めたけど。
「悠人。どうする、の?」
俺が過去の過ちに思い出してると、俺の膝の上に乗っかっている木の葉がこっちを向いて言う。
ちょ、顔が近い。そして、その上目遣い、かなり可愛いと陰山お兄ちゃんは思います。
「どうするって?」
「桜空の、こと」
心配そうな顔をしながら、木の葉は俺に言った。
「どうするっていってもなぁ」
俺は後頭部を掻きながら、困った表情で言葉を濁らせる。
というのも、俺は桜空が部活に来なくなって、三日目あたりからこの部活の顧問である新川先生に桜空のことを聞いていたんだが、新川先生はひたすら「大丈夫だ。何も問題はないから余計なことをするな」を連発である。
もちろん、俺はそんな言葉なんぞまともに信じてはいないが、ただ、余計なことをするなという言葉だけが俺の中に引っかかっていた。
余計なこととは、おそらく桜空のために俺らがなにかしらの行動を起こすことだろう。
それを言う時の新川先生の様子はどこか本気というか、真剣なものであった。
「・・・・はぁ」
俺がそうため息をつくと、木の葉が「大丈夫?」と心配してくれる。
「大丈夫だよ。ちょっと俺には難しいことを考えていただけだ」
俺はそう言って、木の葉の頭を撫でると、木の葉は頬を紅く染める。
「ちょっと悠人、あんた通報されたいの?」
早苗は俺をジト目で見ながら言ってきた。
「なんでだよ!?」
「だって、それ犯罪でしょ」
「違ぇよ。全然違ぇよ」
そうだ。これは断じて犯罪ではないぞ。
ついでに言うと、ロリコンでもない。
木の葉は立派な高校生なのだ。美少女高校生なのだ。
なのに、早苗は俺を犯罪者扱いし、木の葉をロリだと言うとはホントけしからん奴だな。
・・・・・あれ?木の葉をロリとは言ってなかったような。
おぉ、これは一本取られたな、ハハハハハハ・・・・・さて、話を戻そう。
「それよりもだ、桜空が部活に来ないことについては、お前らは何もするな」
俺は膝に乗っている木の葉を隣の席に座らしてから、二人に言った。
その時に、早苗が「逃げたな」というような目線はもちろん無視である。
「何も、しなくていいの?」
「あぁ」
俺は木の葉に尋ねられると、迷わず答える。
「お前らはってことは、悠人はなにかするの?」
早苗は俺のことを真っ直ぐ見つめて聞いてくる。
そんなマジな顔すんなよ。ったく、付き合いが長いというのは厄介なものである。
「・・・ちょっと桜空の家に行ってみようと思ってるだけだよ」
まあそれも、新川先生が教えてくれたらの話だが。
「なら、あたしも」
「それはいい」
俺は早苗が言ったことを即座に断る。
「・・・どうしてよ?」
早苗は少し怒っているのか、俺を軽く睨みつけながら言った。
「ただ様子を見に行くだけなのに、そんな何人もつれてってもしょうがないだろ?だからだよ」
俺がそう言うと、早苗は俺の答えに納得がいかなかったのか、まだ俺を睨んでいた。
そんな早苗を放って話を進めるわけにもいかないので、俺は「はぁ」と一つため息をつき、早苗に向かって言った。
「大丈夫だよ。一人で何とかしようなんて思ってないから。だからそんな恐い顔すんな。恐ろしすぎて今日の夢に出てくる」
俺が冗談交じりに言うと、早苗は先ほどの表情と打って変わり、顔を真っ赤にしながら、
「べ、別に恐い顔なんてしてないわよ!悠人のばか。あほ。ばーか。あーほ」
おいおい。俺の幼なじみは罵倒の数が二つしかないのかい?
相手を死まで追い込む技は何百種類もあるというのに。
ってか、そう考えたら俺よく死ななかったな。俺は大したもんである。うん。
「じゃあ、もう下校時間だし。今日は解散だな」
俺がそう言ってから席を立つ。
「・・・そうね」
「わかった」
早苗と木の葉は俺の言葉を聞くと、そう言って帰る支度を始める。
そして、俺も同じように帰る支度をするために、自分のスクールバックの中に本などを入れていた。
すると、なぜかまたあの光景が俺の頭の中によぎる。
――『悠くん・・・・・・ごめんね』――
「・・・・なんで今?」
おかしい。俺はもうあの時のことは・・・・。
「悠人!」
俺が突然の出来事に戸惑っていると、早苗が後ろから俺の名前を呼ぶ。
「あんた、何やってんのよ。もう帰らないと下校時間過ぎちゃうわよ」
早苗はもう帰る準備ができていたようで、木の葉と一緒に部室の扉の所に立ち、プンスカ怒りながら俺に言う。
「あ、あぁ悪ぃ。すぐ行く」
そう言って、俺はスクールバックのチャックを閉め、早苗と木の葉と共に部室を出ると、部室の扉に鍵を掛けた。
「じゃあ、俺は事務室に鍵を返しに行ってくるから。お前らは先に帰ってていいぞ」
早苗と木の葉は俺の言葉に「わかった」と返事をして、この場を去って行った。
一人になった俺はさっきのことを思い出す。
・・・・・・・あれは何だったんだ。
********
木の葉さんの件が無事解決して次の日の夜、それは突然のことだった。
「なんで・・・・お母様が」
まるでお屋敷のような家に帰ってくるなり、桜空は驚いた様子で目の前にいる自分の母親を見る。
その桜空の母親は顔立ちや髪の美しさは桜空と同等、もしくはそれ以上であった。
だが、どこか冷めていて桜空とは真逆の雰囲気をまとっている。
そんな桜空の母親は桜空の言葉を聞くと、
「それは決まっていますよ。あなたを迎えに来たのです」
桜空の母親は平然とした表情で桜空に言った。
「・・・・迎えにって。そ、それは、約束と違うではありませんか。高校一年生の一年間はまだここで暮らしていいとお母様はおっしゃいました」
桜空が桜空の母親の言葉を聞いて、必死に反論する。
しかし、そんな桜空の必死さもこの女性の前では無駄でしかない。
「それは言いましたが、予定より早くなったのです」
「・・・・私の留学がですか?」
そう。桜空は今年の一年間、高校生活を送ったあと、母親のいいつけで留学をすることになっている。
それは高校を入学する前から決まっていて、桜空も承諾していた。
だが、桜空がそう聞き返すと桜空の母親は首を横に振る。
そして、桜空の母親は桜空に向かって、驚くべきことを言い放った。
「あなたの婚約がですよ」
「・・・・・・婚約」
桜空は女性の言っていることが理解できなかった。
今言ったことを桜空が受け止めきれず動揺していると、桜空の母親が言う。
「咲。あなたはあちらに留学をしたあと、あちらで私の決めた許嫁と婚約をしてもらいます」
桜空はそれを聞いた瞬間、―――――――――――――――――――――自分の心の中の何かが崩れ落ちた。




