救うために
陰山が屋上で木の葉を助けたいと宣言した頃、学校の教師たちは陰山を止めようと、屋上に行くために学校の階段へ向かって走っていた。
「なんなんだ、あいつは」
ゴリゴリのいかにも体育教師という男が言う。
「さあ。ですが早く止めさせないと教頭や校長、最悪、理事長に怒られてしまいますよ」
白衣を着た男は怯えながらそう言った。
「ちくしょう。こうなったら、さっさと、とっつかまえてこらしめてやる」
ゴリゴリの男が怒りをこめて言ったあと、数分でゴリゴリの男が率いる教師たちは階段の前に着く。
だが、しかし
「なんだ、これは・・・・・・」
そう言って驚いているゴリゴリの男の目には、階段に椅子と机が何個も積み上げられてバリケードのようになっている光景が写っていた。
「これはまたよくできたバリケードで」
白衣を着た男はそのバリケードに感心しながら言う。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ。これ全部どけてさっさと進むぞ」
「いや、肉体労働は嫌いなもので・・・」
「さっさとやるぞ」
ゴリゴリの男が白衣の男を睨みながら言った。
「はいはい」
白衣の男は力ない声で返事をしてから、椅子と机をよけるために渋々階段を上る。
すると、
「うわぁ!?」
その白衣の男は階段を一段上ったらつるりと転んでしまった。
「何やってんだ、お前」
「いや、滑ったんですよ」
「滑った?階段で?」
「どうやら階段にローションのようなものが塗られているようです」
「ローション?」
白衣の男の言葉を不思議に思って、ゴリゴリの男が階段を見てみると確かにローションのようなものが塗られていて、階段がテカテカしていた。
ゴリゴリの男がそれを見たあと、急にやる気をなくしたような声で言う。
「ったく、なんなんだこれは・・・・はぁ」
教師たちがバリケードやらローションやらで苦労している、そんな様子をあざ笑うかのように階段の上で見ている女子高生がいた。
「悠人。こっちは作戦通りよ」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それは作戦会議の日。
「お前らにはちょっとやってもらいたことがある」
陰山はそう言って、いかにも悪そうな顔を見せる。
「やってもらいたいこと、ですか?」
桜空は陰山の悪そうな顔には一つもツッコミを入れずに陰山に尋ねた。
「そうだ」
陰山もこれ以上この顔を続けるのはさすがに痛いと思ったのか、通常の表情に戻って答える。
「で?あたしたちは何をやればいいのよ」
「それは今から言う。まず早苗にやってもらいたいことは俺が木の葉説得している間、誰にも邪魔されないようにしてもらいたい」
「邪魔?何言ってるの悠人?そんなことする人なんかいるわけないじゃない」
「いや、いる」
陰山は柚原の言葉を即答で否定する。
「では、誰がそんなことをするのでしょうか?」
桜空が陰山に尋ねる。
「あぁ最初に言っておくが、俺は木の葉を公園かなんかに呼び出してベンチに座って話すなんてことしないぞ」
陰山がそう言うと、その言葉に桜空と柚原は少し動揺をしていた。
「え、・・・え?じゃあどうやって木の葉さんの本音を聞き出すのよ?」
「俺が木の葉と話す場所は屋上だ」
陰山がそう言うと、今度は早苗だけがかなり動揺していた。
ついでにかなり顔を赤くして。
「ちょ、ちょっと悠人まさか木の葉さんと話すとか何とか言って、こ、ここ、告白なんかしな」
「するか!」
「な、・・・ならいいけど」
まだ顔がほんのり赤い柚原が少し小さめの声で言った。
「ってか、なぜ俺の告白にお前の許可が必要なんだ。別にしないからどうでもいいけど」
陰山は柚原に聞こえないようにそう呟く。
「では、なぜ屋上なのですか?」
陰山が不満をこっそりぼやいていると、桜空がそう尋ね、脱線した話を元に戻す。
陰山は桜空のその言葉に、『その、ではっていうのは桜空さんも俺が告白すると思っていたんだね。そうなんだね』と思いつつ、屋上にする理由を答えた。
「まず、俺が屋上で木の葉の本音を聞き出せることができたら、おそらく学年全員の生徒が木の葉の本音を知ることになる」
「?意味が分からないわ。なんでそんなことができるのよ?」
「つまりはな、俺が屋上でグラウンドにいる木の葉の本音を聞き出せばいいんだ」
陰山がさっきの説明に付け加えてわかりやすくしても、柚原と桜空の頭の中は?のままだった。
「やっぱりわからないわ。悠人。あんた日本語勉強し直した方がいいんじゃないの?」
「う、うぅ。まさか頭の中身がすっからかんの早苗にそんなことを言われるとは。マジで俺、日本語勉強し直した方がいいかも」
「ゆーうーとー」
ボキッ!ボキッ!ボキッ!(指を鳴らす音)
「ごめんなさい。暴力だけはやめてください」
陰山が柚原に謝って、頭を下げる。
「あの、話が全然進まないのですが・・・」
桜空が陰山たちにそう言うと、柚原は指を鳴らすのをやめ、陰山が気を取り直して説明する。
「まあ俺の言いたいことっていうのは、学年集会の時に俺が屋上からグラウンドにいる木の葉の本音を聞き出すってことだ」
「学年集会?なんでそんな時にやるのよ」
「学年集会っていうのはな、必然的にほぼ学年全員の生徒が集まるんだよ」
「そんなの当たり前じゃない」
柚原は「バカにしてるの」というような目で陰山を見る。
「まあまあ、話を最後まで聞けって。それでだ、もしその学年集会で木の葉の本音を聞き出すことができたら」
「今までの木の葉さんの悪いイメージを払拭できますね!」
桜空が嬉しそうな表情でそう言う。
その一方で、早苗が焦った様子で陰山に言った。
「ちょっと待ってよ。助けるってそういうことじゃないでしょ。木の葉さんを転校させないようにするんじゃないの?」
「なんだ早苗。お前それ知ってたのか」
「えぇ。昨日、新川先生から聞いてたのよ。桜空さんと一緒にね」
「そうなのか?」
柚原がそう言うので、陰山が桜空に聞くと「はい」と答える。
「悠人の作戦だと木の葉さんに対する周りの生徒のイメージは良くなって、依頼の方は上手くいくかもしれないけど、木の葉さんが転校したら助けたって言わないんじゃないの?」
柚原が少し強めの声になって陰山にそう言ってくる。
「大丈夫だよ。木の葉が学年集会で本音、つまり自分の本当の気持ちを言った時点で木の葉は転校しない」
「なんでよ?」
「それは・・・・秘密だ」
「秘密ってなによ」
陰山の曖昧な答えに柚原が軽く睨みながら言った。
「秘密は秘密だ」
「だから・・・って、もう。桜空さんも何か言ってやってよ」
柚原が呆れて、桜空に助けを求めると、
「私は陰山さんを信じます」
桜空は何の迷いもなく言った。そしてその言葉のあとに美しい笑顔を見せて、
「だって、陰山さんは私の友達なんですから」
陰山は思った。
桜空の、彼女の言葉には力がある。
人を動かせるような力が。
だがその力は強制するものではなく、どこか優しくて、どこか温かい。
たぶん彼女の言葉は無色透明で常に本心のものであるからこんな風に感じることができるのだろう。
「桜空さんが言うならしょうがないけど。でも必ず木の葉さんの転校を止めるのよ」
陰山が桜空の言葉にそんなことを思っていると、柚原が陰山に声を大きくして言った。
「おう。任せとけ。でだ、話がだいぶ遠回りしちまったが、早苗には俺が屋上で木の葉と話している間、教師たちが邪魔しにこないようにして欲しい」
「教師?」
「そうだ。学年集会で屋上からいきなり声がしたら絶対にそいつを捕まえようとするだろ。それを防いで欲しいんだ」
陰山が柚原を真っ直ぐ見つめて言うと、柚原はなぜか頬を赤く染めつつ答えた。
「わ、わかったわ。でも、先生たちが悠人を捕まえるのを邪魔で来たら何してもいいのよね」
柚原がそう言いながらだんだん表情がワルになっていく様子を見て、陰山は苦笑しながら言った。
「ま、まあな。もしばれても停学にならない程度なら」
「了解」
陰山はこの時誓った。
柚原 早苗は絶対に敵に回してはならないと。―――――――――――――――――――――――――――
教師たちはまだ柚原のローションバリケードトラップにだいぶ苦労していて、階段を上れそうにない。
柚原はその教師たちの様子を見てぼそっと呟いた。
「あとは頼んだわよ。悠人」
柚原がローションバリケードトラップにかかっている教師たちを監視しているとき、一足早く、仕事をすべて終わらした一人の女子高生が大勢の生徒の中にいた。
そしてその女子高生は上にいる陰山 悠人を見て呟く。
「・・・・陰山さん」―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作戦会議の日、陰山は柚原に頼みたいことを言い終えると、今度は桜空に頼みたいことを言う。
「桜空。お前はマイクの破壊と、あと木の葉に盗聴器を仕掛けて欲しい」
桜空は今一瞬、陰山の言っていることが理解できなかった。
「マイクの破壊?盗聴器?」
「そうだ」
「陰山さん」
「なんだ?」
桜空はいつもには見せない、少し怖い顔をして陰山に言った。
「犯罪はダメですよ」
「犯罪?」
陰山は桜空の言葉を聞くと、今自分が言ったことを思いだす。
「えーと・・・・・!!」
陰山はようやく自分の言ったことの危うさに気づいたらしく、桜空に慌てて訂正する。
「違う違う違う。桜空の思ってるような意味じゃないぞ」
「では、どういう意味なんですか?」
「まず、マイクを破壊っていうのは俺が木の葉と話す際に、教師が学年集会のときに使うマイクの音が邪魔なんだ。俺が木の葉と話し始めた瞬間、マイクで邪魔されたらたまったもんじゃない。だから破壊といったらあれだが、はさみかなんかでマイクのコードをちょきっと切って欲しいんだ」
「あ・・・はい。それはわかりましたが、私が言いたいのはそっちではなくて・・・・」
「盗聴器も違うぞ。それは俺が屋上にいたらグラウンドにいる木の葉の声は聞こえないだろ。俺は拡声器を使うからあっちには聞こえると思うけど」
陰山が桜空に変態だと勘違いされないように必死に話す。
「つまり、それを付けて俺と木の葉が会話をできるようにするものであって、決してやましいことには使わないぞ。というか、心配なら俺が木の葉と話す直前くらいにつけてくれて構わない」
陰山のその言葉を聞くと、桜空は安心したようでほっと胸をなでおろした。
「・・・・そうでしたか。それなら安心しました」
「そういうことだから、マイクの件と、えっと、・・・その、盗聴器の件お願いしてもいいか?」
「はい!わかりました」
「悪いな。あまり気持ちのよくないことやらせて・・・」
「いいえ。これも木の葉さんをためですから。ですが、その盗聴器はどこにあるんでしょうか?」
「あぁ。それは大丈夫だ。おそらく新川先生が持ってる」
陰山は当たり前のようにそう言うが、桜空は一つの疑問が生まれる。
「?どうして新川先生が持っているのでしょうか?」
「え?そりゃ、持ってるだろ。新川先生なら」
陰山は「そんなの常識だ」と言わんばかりのトーンで桜空に言った。
桜空はその時思った。
新川先生は絶対に敵に回してはならないと。
「陰山さん」
「?なんだ?もう頼みたいことは言い終えたから、桜空も帰っていいんだぞ」
桜空もというのは、柚原は陰山の頼みを聞くと、すぐに帰って行ってしまったのだ。
柚原が去り際に「毎回、毎回、宿題であたしを苦しめる、あの教師どもをどうやってこらしめて・・・・」と呟いていたことはおそらく陰山は気づいていないだろう。
「いいえ。私はまだ・・・」
「そうか。じゃあ俺は先に帰るな」
陰山はそう言って、スクールバックを肩に掛け帰ろうとすると、
「ちょっと待ってください」
陰山は桜空のその声を聞くと、クルッと振り返って桜空を見る。
「どうした?」
「陰山さん。やっぱりさっきの作戦はやめませんか?」
桜空は悲しげな表情で陰山に言った。
そんな桜空に陰山は冷静に尋ねる。
「理由は?」
「だって今の作戦がもし失敗したら、傷つくのは陰山さんだけじゃないですか」
そう陰山に言う桜空の目には涙が溜まっていた。
陰山は思った。
何故だろう。
今の桜空はどことなくあの子に似ている気がする。
優しすぎて、他人のことばっか考えているところが特にそっくりだ。
あの子、そう・・・・・ちーちゃんに。
「心配すんなって。俺はな、もう絶対に失敗なんかしないから」
陰山はそう言って、桜空に思いっきり笑って見せた。
「本当・・ですか?」
「あぁ、本当だ」
陰山の言葉を聞くと、桜空は笑みを浮かべて言った。
「わかりました」
「でもな、桜空。たぶんお前は少し勘違いをしている」
陰山が先ほどとは違い、少しずる賢いというような笑顔になって、
「俺はな、屋上で木の葉と話すときに名前を明かすことはしないぞ」
桜空は陰山の言ったことに対して頭が?になる。
「正確には木の葉以外の生徒には明かさないだな」
「?そんなことできるのでしょうか?」
「できるよ。俺とあいつは似てるからな」
陰山は寂しそうにそう言う。
「陰山さん?」
「あ、あぁ。つまりもし失敗したとしても俺の名前が明かされない限り、昔みたいなことが起きる可能性はないから心配ご無用ってことだ。グラウンドから屋上の距離だったら姿だけで誰かを断定するのは無理だしな。だから」
陰山はそう言ったあと、少し間を開けてから、
「だから、俺と一緒に木の葉を助けようぜ」
陰山のその言葉に桜空は満面の笑みで答えた。
「はい!」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大勢の生徒の中に混じりながら、桜空は一人呟く。
「陰山さん。あとは頼みました」
*******
学校の中の方から騒音が聞こえた。マイクも予定通り故障してくれた(正確には壊しただけど・・・)。
どうやら桜空も早苗も上手くやってくれたようだ。
俺は心の中で呟く。
あとは・・・・・・俺だけだ!




