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今と昔

「・・・・・そんなことがあったんですか」


桜空は柚原から陰山の過去についてすべて聞き終えると、顔を俯かせながら言った。


「うん。あたしはその時クラスが違ったから直接見ていたわけじゃないんだけどね。でも、いじめが原因で悠人と仲良くしていたその少女が転校したあとの悠人はまるで魂が抜かれたようだったわ」



柚原は悲しげにそう言う。


「でもね、今はまだマシになった方なのよ。中学の最初の方なんかは誰も寄せ付けないような、そんな感じだったから」


柚原はそう言いながら思った。

今の陰山に無理やり木の葉の件を手伝わせたとしても、昔のフラッシュバックでおそらく何もできずに終わってしまうだろう。

そして、陰山 悠人は本当にもう這い上がってこれない場所まで突き落とされるのだ。

それなら、今のまだ首の皮一枚繋がっている状態でそっとしてあげていた方がいいかもしれない。

確かにそれで木の葉が転校することになってしまったら悲しいが、柚原にとってはあの時の陰山を見る方がよっぽど悲しかった。

柚原がそう思っていると、最初に発言してから今までずっと黙っていた桜空が小さな声で何か言う。


「陰山さんは・・・・」

「え?」

「陰山さんは本当に今のままでいいんでしょうか?」


桜空が地面に向けていた顔を上げ、どこかいつもとは違う冷静な様子で言った。


「それは・・・・」


柚原は桜空のその言葉に何も言うことはできない。


「私は良くないと思います。だって陰山さんはあんなに優しい方なのに、温かい方な

のに、ずっとその過去に苦しめられるなんて、そんなの・・・・・あんまりです」

「確かにそうだけど・・・・」


柚原も桜空と同じことはだいぶ前から思っていた。それで柚原は陰山の過去を拭い去ってやろうといくつか行動もしてみた。

だけどダメだった。

何をやっても、どうやっても陰山の過去を陰山の中から消すことはできなかった。

だから柚原は決めたのだ。

助けられないならせめて陰山の心の闇がこれ以上深くはならないようにしようと。そっとしといてあげようと。

でも、それでもやっぱり陰山を助けたいという思いもあって、柚原は今までこんな葛藤をずっと繰り返してきたのだ。

柚原がそんな今までのことを思い出していると、桜空が柚原の目を真っ直ぐ見て、そして言った。


「私、陰山さんを助けます」


柚原は桜空の言葉を聞くと、驚きのあまりすぐには言葉が出てこなかった。

そして少しの沈黙のあと柚原は動揺しつつも桜空に言う。


「た、助けるって、どうやって助けるのよ」

「それは・・・・・まだ考え中です」


桜空はさっきの堂々とした言葉は何処へ行ったのか、柚原から目を背けつつ言った。


「まだ考え中って。・・・・はぁ」


柚原はそういえば桜空はこういう時の頭はあまりよくないということを思い出して、ため息をつく。

でも、柚原はそんなことをしながら思った。自分ももう一回陰山を助けるために行動をしたいと。

それでできるならば、


「でもね」


陰山 悠人を救いたいと。


「あたしも悠人を助けたい」


桜空は柚原のその言葉を聞くと満面の笑みになって言った。


「ではさっそく作戦会議をしましょう。陰山さんを助けるために」




*****



俺は普段より早く家に着くと、玄関の扉を開けそのまま一階のリビングに入った。


「あれ?お兄ちゃん?」


そう言って台所の方から出てきたのはエプロン姿の俺の妹こと陰山(かげやま) 花実(このみ)だ。


「やっぱりお兄ちゃんだ」

「おぉ、花実。もう帰ってきてたのか。早いな」

「そりゃお兄ちゃんより遅く帰ってくるわけにはいかないからね」

「?なんでだ?」


俺が花実にそう尋ねると、花実は笑顔で言った。


「だってお兄ちゃんが他の女を連れ込まないかちゃんとチェックしないといけないでしょ」


いやいやいや、なにその理由。

お兄ちゃん少し、というかかなり恐くなってきたよ。

しかもなにその笑顔。恐ぇよ。

俺はこの話題はおそらく俺の生死にかかわる問題だと本能で察し、急いで話題を変えることにした。


「それよりもさ、なんでお前エプロン姿なんだ?まだ晩飯にはちょっと早くねぇか?」


そう。今は夕方の五時過ぎでまだ夕日も落ちてない頃だ。

家庭によっては晩御飯を食べるところもあるかもしれないが、うちはいつもこんなに早くには食べていない。


「そ、それはね。ちょっと・・・用事があって・・・・」


俺の質問に花実はもじもじしながらそう言って言葉を濁していた。

この年頃でこんな時間に用事があってしかもその用事は兄には言えないことってことは・・・・・。


「あぁ。男か」


バチコーン!


あれ?おかしいな?

今とても懐かしい響きと懐かしい痛みを感じたんだが・・・・・・・・キノセイカナ?


「ち、違うよ!さすがのお兄ちゃんでも言っていいことと悪いことがあるよ」


花実は頬を膨らませながらそう言う。

俺はそんなことよりも右手に握ってあるまな板がすごい気になるんだが。それはもちろん料理するときだけに使用したものだよね?花実ちゃん。


「じゃあ用事ってのはなんだよ?」

「なんか私のクラスみんなでご飯食べることになっちゃって、も、もちろんクラスみんなでっていっても男子はいないよ。女子だけだよ」


いやいや、そこは男子入れてやれよ。かわいそうだろ。


「それで私はお兄ちゃんが晩御飯食べる時間にはいないから、お兄ちゃんのために晩御飯を作っといてあげようと思って」


花実は俺から目を逸らしつつそう言う。

なに?クラスのみんなでご飯だと!?

最近の中二はそんなこともするのか。

行動力半端ないな。・・・・・違うか。俺の行動力が底辺に近いだけか。

俺は何気なくそんなことを思っただけなのだが、最後の言葉が今の俺にはかなり引っかかった。


「お兄ちゃん?」


花実はいつの間にか俯いていた俺を心配そうに見ていた。


「あ、あぁ。晩飯お前が作っといてくれていたんだな。ありがとな花実」


俺は顔を上げて花実にお礼を言うと、花実はじっと俺を見てから俺に言った。


「お兄ちゃん。なにかあったでしょ」


俺は花実のその言葉に一瞬狼狽しつつも、すぐさま否定する。


「いや、なにもねぇよ。今日もいつも通りだ」

「そっか。じゃあ私の思い違いかな」


花実は俺が否定するとそのことを追及しようとはしなかった。

これが兄弟というものなのだろうか。

俺は妹に察せられないよう普段通りにしていたつもりだったが、やはり妹は騙せないようだ。

おそらく花実は俺が否定したものの、俺になにかあったことはわかっているのだろう。

だけど花実はそれを聞きだそうとはしない。花実もまた優しいのだ。だから俺は情けないとは思うが、その優しさに甘えて一つの質問をした。


「なあ花実」

「なにお兄ちゃん?」

「お前この前、俺は昔と変わったって言ってただろ」

「あぁ。そういやそんなことも言ったね」

「お前はさ、やっぱ今の俺より昔の俺の方が良かったか?」


俺がそう尋ねると、花実はなぜかキョトンとしていた。


「何言ってるの?お兄ちゃん」

「いいから答えろよ」


花実は俺のその言葉に小さくため息をついてから言った。


「そんなのどっちも大好きに決まってるよ」


俺は花実が予想外の答えを言ったのですぐには理解できなかった。そして少しの沈黙が流れて俺がようやく花実の言葉を理解すると、俺は動揺しつつ花実に言った


「そ、そういうことじゃねぇよ。前の俺と今の俺、どっちが良かったかっていうことを聞いてるんだから、どっちもっていう選択はなしだろ」


しかも俺はどっちが良かったかと聞いてるわけで、どっちが好きかとは聞いていないんだが。

俺がそんなことを思っていたら、花実は俺の言葉に首をかしげてから言った。


「お兄ちゃん。何か勘違いしてない?」

「何がだよ?」

「確かに今のお兄ちゃんは勉強もスポーツもできて頼りがいのあるあの頃のお兄ちゃんと比べたらダメダメに見えるかもしれないけど」


花実はここで少し間を開け、そして再び話し出す。

その時に見せた花実の笑顔はまるで女神のようだった。


「でもね、お兄ちゃんはヒーローなんだよ」

「・・・・ヒーロー?」

「そう。ヒーロー。お兄ちゃんはね、人を救うんだよ。ううん、救うんじゃなくて救っちゃうの」


俺は花実の言葉を聞いて思った。

ヒーローなんて一見ふざけて言っているように聞こえるが、花実は本当に真剣に言っている。

だからその言葉は俺に何かを伝えるように俺の心の中に響き渡った。


「つまりね、お兄ちゃん」


花実はそう言って、俺の右手を両手で包むように握った。


「私の言いたいことは、今と昔で少しは変わったところはあるかもしれないけど、私にとっては、どっちも一番大事なところは変わっていない私の大好きで大切なお兄ちゃんってことだよ」


花実はそう言ってまた笑顔になる。

そして俺はそんな花実に何も言うことはできなかった。


「じゃあ私はそろそろ時間だから行くね」


そう言ったあと、花実はエプロンを脱いでから鞄を持ってそのまま出て行った。





花実が出て行ったあと、俺は部屋着に着替えて、自分の部屋に行き花実のあの言葉について考えていた。

ヒーロー・・・・・か。

俺は思う。

花実は昔の俺も今の俺も大事なところは変わっていないとそう言っていたが、本当にそうだろうか。

もしそうだとしたらもう今頃はとっくに木の葉の件を解決できているのではないだろうか。

それこそ花実の言うヒーローのように。

確かに花実の言葉は心に響いた。

俺も一瞬、今の俺でも誰かを救うことができるかもしれないと思った。

でもなぜだろう。やはり最後は、俺には誰も救えないとそう思ってしまう。

そしてこんな俺は・・・・・・・・・・・・


「最低だ」


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