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優しい

俺はあれから数日、少女のことが気になってこっそり様子を見ているといくつかわかったことがあった。

少女は俺と同じ学年だということ、同じクラスだということ、そしてやはり少女はいじめられていた。

だがおそらく少女には自覚がないのかどんなことをされても泣くわけでもなく、怒るわけでもなく、ただ普通にしていた。

上靴を見つけたあのときのように。

靴を隠されても、わざとぶつかられて自分の給食を落とされても、何をされてもだ。

少女に対するいじめはいつから行われていたのだろうか。

彼女はどれくらいの間こんなにひどいことをされていたのだろうか。

少女はなぜこんな目に遭わなければならないのか。

そんなことを俺はただひたすら考えた。




******



太陽が照り付けて、気温が上がり、もう夏本番になるというある日、俺は学校の昼休みにグラウンドに出ると、砂場にあの少女がいた。

だが少女はたった一人で泥団子を作るわけでもなく、砂のお城を作るわけでもなく、ただしゃがみながら下の方を向いてボーっとしていた。

俺はそんな少女の様子を見ていると声を掛けずにはいられなかった。


「どうしたの?」


俺が少女にそう尋ねると、少女は俺の方を向くと少し戸惑った様子で俺を見る。

まあ無理もない。

上靴を一緒に探してからはだいぶ経っているし、一応クラスが一緒といっても俺も彼女もお互い名前すら知らない仲だ。そんな反応でも仕方がない。

俺がそう思っていると、少女は頭を抱えながらしばらく考えてたあと、「あっ」と言って


「あの時の上靴探してくれた人だ」


俺は少女の言葉に驚きつつも俺を覚えてくれたことが素直に嬉しかった。


「そうだよ。よく覚えていてくれたね」

「だって上靴見つかったのは君のおかげだもん」


少女は笑いながら俺に言った。だが俺はなぜだか少女のその笑顔を見ると胸がチクリと痛む。


「別に俺のおかげってわけじゃないよ。えっと・・・その」


俺が言葉に詰まっていると少女は俺を見ながら不思議そうな顔をしていたが、何かを察したのか急に口を開いた。


「名前?」


俺は少女のその言葉に動揺しつつ、こくりと頷く。


「じゃあまず君の名前を教えて。その後に私の名前も教えるから」


少女はまた笑顔になって言う。


「わかった。俺の名前は陰山 悠人だ」


少女は俺の名前を聞くと「へー」と声を漏らす。なんだろうか。俺の名前はそんなに珍しいものでもないと思うんだが。


「じゃあ悠くんだね」


・・・・・・・・・・・・・・・は?


「いや、なんだその呼び方は。俺は悠人だぞ」


というか勝手に省略をするな。俺の名前の50パーセントも失われているじゃないか。もはやそれは俺じゃない。


「悠くんは悠くんだよ」

「いやいや、その俺と長い間一緒に過ごしてきたから俺のすべてを知ってる人が言うような言葉を言うな」


俺がそう言うと、少女は無言でニコッと笑う。

俺はそんな彼女を見ていると呆れてきて、話を元に戻すことにした。


「で、君の名前は?」


俺がそう聞くと、少女は笑顔のまま俺に言った。


「私の名前は―――――だよ。だけど私的には“ちーちゃん”って呼んでほしいな」

「それは断る」


俺は少女が名前を言ったあとの頼みを即答で断った。


「え、なんで?」

「なんでって、そんな恥ずかしい呼び方なんかで呼べるか」


俺は顔を背けながらそう言う。

なんだよ、ちーちゃんって。俺の幼なじみかって。

そう思いながら少女の方に再び視線を戻すと、少女は悲しげな様子で顔を俯かせていた。


「?どうした?」

「だって呼んでくれないんでしょ」


呼んでくれないっていうのは“ちーちゃん”のことだろうか。

そんなにちーちゃんがいいのか。

別に名前で呼んでも何も問題はないと思うんだが。

だけど彼女がこんな様子になるということはそれだけ大事なことなのだろう。

俺は思う。

それなら俺もその大事なことを邪魔するわけにはいかないと。


「・・・・ちーちゃん」

「・・・え」


俺が小さくそう呟くと、少女は驚いた様子で俺を見る。


「だから、ちーちゃん」


俺が今度は少女に聞こえるようにそう言うと、少女は今日一番の笑顔を見せて俺に言った。


「悠くん!これからよろしくね!」


少女はそう言って俺に手を差し出す。


「おう。よろしく」


そう返事をしたあと、俺は少女の手を握った。

少女の手は暖かく握っているだけで心があったまるようだった。


こうして俺とちーちゃんはこの日を境に友達になった。



******


俺はあの昼休みのとき以降、ちーちゃんとは毎日のように遊ぶようになった。

最初はちーちゃんが俺にやたらと一緒に遊ぼうと誘ってくるので渋々俺は一緒に遊んでいた。

たぶん俺のその行動には彼女がいじめられているという同情もあっただろう。

だけど俺は彼女と毎日のように一緒に過ごしていくうちに気づいたことがあった。

彼女は優しすぎるのだと。

俺はそんな彼女といるとすごく楽しくて気持ちが温かくなるのだと。

そして俺はこの時が永遠に続けばいいと思った。

だが同時に俺は一つの疑問が生まれた。

どうして彼女がいじめなんかにあわなければならないのだと。

ちーちゃんはこんなにも優しくて、人を幸せにするというのに。

・・・・・・・・・どうしてだろうか。




******



俺は昼休みになるといつも通りグラウンドに出て砂場に向かうと、そこにはちーちゃんがしゃがみながら快晴の青空をボーっと眺めていた。


「ちーちゃん」


俺がそう声を掛けると、ちーちゃんは俺の方を向いた。しかしいつもは笑顔で「悠くん」と呼んでくれるのに、このときのちーちゃんはなぜか悲しげな目で俺を見つめてきた。


「どうしたの?ちーちゃん」


俺がそう尋ねると、ちーちゃんは唐突に言った。


「私いじめられているんだよ」

「・・・・え」


俺はちーちゃんのその言葉に動揺を隠せなかった。


「びっくりしたよね。ごめんね悠くん」


俺がそんな様子でいると、ちーちゃんは小さな声でそう言って謝った。


「ちーちゃん。それっていつから」


俺がまだ動揺しつつもちーちゃんに聞くと、ちーちゃんはいつものちーちゃんとは別人のような悲しい声で答える。


「小学四年生の最初の方からだよ」


俺はその時ようやくわかった。

彼女は気づいていたのだ。

自分がひどい目にあっているということに。

それをわかっていて気づいてないふりをしていたのだ。

おそらく彼女のことなので、自分がいじめられていることによって、親や他の人に迷惑はかけたくなかったのだろう。

もしかしたら自分が助かったとしても代わりに他の人がいじめられる人のことも考えていたのかもしれない。

そういうことも全部含めて彼女は自分が犠牲にあることを選んだのだ。


だが俺は思った。

そんな彼女が今、俺にいじめられていることを明かした。

それはつまり彼女はもう限界なのだ。


俺はちーちゃんを真っ直ぐ見つめると、そこには優しすぎるがゆえに苦しんでいる一人の少女がいた。

その時思った。

俺は彼女を―――――――――――――――――――――――――――――救いたい。


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