幸せ
俺は主人公にはなれない。俺は木の葉を救えない。
だから俺はただひたすら逃げ続ける。
次の日の放課後、俺は部室に行くと、桜空と早苗がいつも通り木の葉の件を解決するため意見を出し合っていた。
俺が少しの間、その様子を見ていると早苗がドアの前で立っている俺に気づく。
「悠人。なにサボってんのよ。あんたもさっさと手伝いなさいよ」
早苗は少しプンプンしながら俺に言った。
「陰山さん、ここに座ってください。今よけますから」
早苗が気づくと桜空も俺に気づいたようで、いつも俺が座っている席を立ちながらそう言って俺に席を譲ろうとする。
「いや、いいんだ桜空。そのまま座っててくれ」
そう言って俺は桜空をもう一度座らせようとした。
「ですが・・・」
「話がある。だから座ってくれ」
俺が少し強めの声で言うと、桜空は俺の様子に戸惑いつつも席に座る。
「で、話っていうのはなんなのよ?」
早苗も俺の様子がおかしいことに気づいたようで、さっきよりもいらついた様子で俺に尋ねた。
俺は少し間をとってから、
「俺は・・・・・この部活を辞める」
「え」
俺の言ったことに対して驚きのあまり、早苗は思わず声をあげてしまった。
桜空も声は出なかったもののかなり動揺した様子で俺を見ている。
「な、なにいきなり冗談言ってるのよ。エイプリルフールでもあるまいし」
早苗はぎこちなく笑いながら俺に言った。
「冗談じゃねぇよ」
俺はいつもより低く冷たい声でそうと、早苗もさすがに冗談ではないということがわかったようで顔を地面に向けながら黙り込んだ。
そしてしばらく沈黙が流れたあと、桜空が俺に尋ねる。
「・・・・なぜ辞めるのですか?」
俺は桜空のその質問に顔を俯かせながら答える。
「俺は木の葉を救えない。ただそれだけだ」
「救うっていうのはどういうことよ。確かに依頼は木の葉さんに友達を作らせることだけどそこまで言うのは大げさよ」
早苗はどこか焦った様子で俺にそう言う。
俺はそんなことを言う早苗にたった一言だけ言った。
「木の葉は・・・俺と同じなんだ」
おそらくその言葉を言った俺の目は光を失ったような、この世のすべてを否定するような、そんな目をしていただろう
「・・・・悠人」
早苗はそんな俺の目を見てすべてを察したのだろう。
悲しく、寂しい目で俺を見てくる。
「だから俺は木の葉を救えない」
いや、違う。
木の葉だけに限った話じゃない。
たぶん俺は誰も救えないのだろう。
どれだけ頑張っても、あがいても、俺は・・・・・・・・。
「じゃあ俺はもう出ていくから」
俺はそう言って、部室を出て行った。
そんな俺を止める人はもう誰もいなかった。
******
陰山がいなくなったあと、部室にはどこかにぽっかりと穴が開いてしまったような、そんな虚しい空気が流れていた。
「・・・・悠人」
柚原は椅子に座り、顔を俯かせながら小さく呟く。
「柚原さん。さっき陰山さんが言っていたことを詳しく聞かせてくれませんか?」
そんな柚原に桜空は尋ねる。
「え?でもそれは・・・・」
柚原は桜空から顔を背けながらそう言う。
「お願いします柚原さん。私は陰山さんを助けたいんです。こんな私の最初の友達になってくださった陰山さんを」
桜空は必死に頭を下げて柚原に頼み込む。
そのとき、柚原は思った。
さっきまで陰山が部活を辞めようとしているとこをあまり止めようとしなかったから、桜空 咲の中の陰山 悠人と言う人物はそのくらいの存在だったのだと思っていたが、それは違った。
桜空 咲はおそらく陰山 悠人のすべてを救おうとしているのだ。
過去も、今も、未来も。
だから、陰山 悠人のことをちゃんと知るまでは助けようとはしなかった。
陰山 悠人を本当に助けたいと思っているから。
救いたいと思っているから。
なら柚原 早苗も決断しなければならない。
陰山 悠人のことを真剣に思っているなら。
「・・・わかった。全部話すわ。・・・悠人の過去のこと」
「・・・・・過去ですか?」
柚原のその言葉に疑問を抱いたので、桜空は聞き返す。
「そう。悠人の過去。寂しくて、悲しくて、そして・・・残酷な」
柚原は静かに小さくそう言った。
そしてその後、柚原は桜空に陰山 悠人の過去を話し始めた。
********
俺は部室を出た後、いつもの帰り道を歩いて下校していた。五月にしては少し肌寒く、冷たい風が俺の頬に当たる。
そして俺は思い出していた。
俺のすべてを変えてしまった、あの時の出来事を――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小学生の頃、俺は今みたいに目立つのは嫌いではなく、むしろ好きなほうだった。
いや、目立つというよりは、みんなに頼られることが好きだった。
でも頼られるには自分がそれ相応の実力がないといけない。何事にも。
だから俺はどんなことにも必死に努力した。
勉強も、スポーツも、習い事も。
そして、俺は努力のかいあってみんなに頼られることが多くなった。
まあ頼られるといっても、そんなたいそうなことではないんだが。
例えば、友達が勉強で困ると、俺の所に聞きに来てくれたり、体育で逆上がりができない人が俺にコツを聞きに来てくれたり、そんなものだった。
だけど俺にとってそれは幸せなことだった。
誰かのために行動することが。人の役に立てることが。
だが俺のそんな幸せは春の終わりを告げる桜のように散ってゆく。
小学四年のある日、俺はいつも通り登校をして、自分の教室に行くために階段を上がっていると、一人の少女が階段の端の方でしゃがみながら泣いていた。
俺はそのまま見逃すわけにもいかずその少女に尋ねる。
「どうしたの?」
しかし少女は俺の言葉が聞こえていないのか先ほどと変わらず泣いたままだ。
今度は彼女と同じようにしゃがんで彼女の肩を優しく掴んで俺はもう一度尋ねた。
「どうしたの?何かあったの?」
俺がそう言うと少女はさすがに気づいたようで、まだ目に涙を溜めながらも俺の方を見る。
「靴が・・・靴がないの」
少女は俺に弱々しい声でそう言ってきた。
「靴?」
俺は少女の言葉に疑問を持ちつつ、少女の足の方を見てみると彼女は上靴を履いていなかった。
「上靴なくしちゃったの?」
俺がそう聞くと、彼女は小さくこくりと頷いた。
俺は少し考えたあと立ち上がる。
「じゃあ一緒に探そうか」
俺は彼女にそう言って手を差し伸べると、少女はいきなりのことだったからか少し戸惑ったが、そのあとにまるで夏に咲くひまわりのような笑顔になって「うん」と返事をしたあと、俺の手を掴んだ。
これもいつも通りだ。
困った人を助けるのは当たり前。
それでその人が幸せになるのならば、俺も幸せになれる。
俺はそう思っていた。
しかし、俺はこの時まだ気づいていなかった。
これがあの出来事への始まりだったのだと。
俺と少女は少女の上靴を探すためにとにかく色んなところを探し回った。
まず自分たちや他のクラスの教室、図工室に理科室、音楽室なんかも探した。
だが、少女の上靴は見つからなかった。
俺は少女と廊下を歩いてまだ探せる場所はないか考えながら、ふと横にいる少女を見ると、少女はがっくりと肩を落とし、顔を俯かせていた。
俺はそんな彼女の様子を見ていると、ひどく胸が痛んだ。
悲しくて、寂しくて、そこに幸せなんてものはない、そんな顔。
違う。
俺は少女にそんな顔をさせたいんじゃない。
少女の幸せを見たいんだ。それがどんな小さなものでも。
俺は必死に考えた。少女のその悲しげな顔を満面の笑顔に変えるために。
そしてまだ一つちゃんと探していない場所が頭に浮かんだ。
「・・・・靴箱」
俺はぽつりと呟く。
「自分以外の靴箱は探した?」
俺は少女にそう尋ねると、少女は首を横に振る。
「もしかしたら別の靴箱に入っているかもしれない」
俺がそう少女に言うと、少女は少し元気が出た様子になる。
「じゃあ探しに行こうか」
少女は俺の言葉に「うん」と言って頷いた。
俺と少女は靴箱に着くと、一つ一つ靴箱を見ていく。
効率はあまりいいとは言えないが、子供の俺と少女の頭ではそれ以外の方法は思いつかなかった。
そしてしばらく靴箱を見ていくと、大きい声で「あった!」という少女の声が聞こえた。
俺はその声に思わず嬉しくなり少女の声がした方へ向かうと、そこには衝撃の光景が俺の目に映った。
少女は確かに上靴を見つけていて、それを手に持っていた。
だが少女の上靴には明らかに故意にやられたと思われる絵具やクレヨンでの落書きが書かれていた。
少女はその落書きを見ながら、呑気な声で言う。
「なんか汚れてるなぁ。使いすぎたからかなぁ」
違う。
それは汚れなんかじゃない。なんで気づいていないんだ。
俺はその時知ってしまった。
少女が・・・・・・・・・・・・・・・幸せとは程遠い場所にいるということを。




