違和感
私は一人が好きだ。
だって、何をしていても誰にも邪魔されない、自分が不快になることもない、
そして・・・・・・・・裏切られることもない。
「ただいま」
私はだいぶ慣れてきたこっちの学校の授業も終わって、今日もいつも通り真っ直ぐ家に帰ると、小さな声でそう言った。
「雫、おかえり」
私がリビングに行くと、台所の方からお母さんの声が聞こえた。どうやらもう晩御飯の準備をしているようだ。
「お母さん、手伝う」
私はお母さんのいる台所まで行くと、そう言ってから手を洗い始めた。
「手伝ってくれるのかい?それはありがたいね」
お母さんは軽く微笑んでそう言ってから、冷蔵庫からジャガイモを取り出す。
たぶん台所にある、料理の材料を見るに今日はカレーのようだ。
私はそう思って、台所になかったニンジンを冷蔵庫から取り出して、ピューラーで皮をむき始める。
「あら、よく今日がカレーだってわかったわね」
「何年、お母さんの、料理の手伝い、していると思っているの」
「ははは、そうだね。雫には世話になりっぱなしだよ」
お母さんは笑いながら私にそう言った。
そんなお母さんの言葉はなぜだか私の心をゆっくりと温めてくれるような気がした。
私の冷え切った心を。
私はこの時間がずっと続けばいいのにとそう思った瞬間、
「ただいま」
玄関のほうから一人の男の声が聞こえる。
そして、私がその声を聞いたときには、せっかく温まった私の心はすでに季節外れの雪のように冷え切っていた。
******
私は晩御飯を食べ終わると、お父さんのいる書斎に呼ばれた。
私のお父さんは有名な企業の社長をしているので、日本中をあちこち飛び回っていたり、時には海外に行くことがしょっちゅうなので、家にはめったに帰ってこない。
だけど、久しぶりに帰ってくると毎回こうやって私はお父さんの書斎に呼ばれるのだ。
「失礼します」
私がそう言ってお父さんのいる書斎に入ると、お父さんは高級そうなオフィスチェアに座って仕事をしていた。
「おとう、さん」
私が小さな声で言うと、お父さんは私の声に気が付いたようで、椅子をくるりと回して、体勢を私の方に向ける。
「おぉ。来たか。じゃあそこに座りなさい」
お父さんがそう言って、私の目の前にあるソファに座るように促したので、私はお父さんの言う通り、ソファに座った。
「どうだ、最近学校の方は」
「いつも通り」
私がお父さんに答えると、お父さんは「そうか」と言って、少しの沈黙が流れてから、お父さんが今度は別のことを私に尋ねてくる。
「・・・・授業はちゃんとついていけているか」
「それも、大丈夫」
お父さんは私の言葉にまた「そうか」とだけ言って、再度少しの沈黙が生まれる。
私は知っている。
お父さんが本当は私になにを聞きたいのか。
そして私はまだそれを聞かれていない。
私がそう思っていると、お父さんは沈黙を打ち破るかのように私にそれを聞いてきた。
「・・・・・友達なんか作っていないだろうな」
「・・・はい」
私が小さく返事をすると、お父さんは軽く安堵したのかふぅと一つ息をついてから
「それならいいが。またお前があの時のようにはなって欲しくはないからな」
「・・・・はい」
私が再び小さく返事をすると、お父さんは「もう出て行っていいぞ」と言ったので、私は書斎の扉を開けて、自分の部屋に向かった。
自分の部屋に着くと私はすぐにベッドの上に座って、枕を抱きしめながら自分を言い聞かせるように心の中で言った。
私は一人が好きだ。
だって、何をしていても誰にも邪魔をされない。自分が不快になることもない。
そして、裏切られることもない
だから、私は一人が・・・・・・・・・・・。
********
俺ら第二生徒会は木の葉 雫の件をどうにか解決しようと数日間、話し合いを続けていたが、やはりどうしてもいい案が出てこなかった。
そしてある日の朝、教室で早苗と俺が話していると、早苗がまたとんでもないことを言いだした。
「あたし、木の葉さんに話しかけてくる」
そう言って、早苗は木の葉 雫のいる席に向かおうとする。
「待て、待て、待て。何をお前は血迷ってるんだ。今お前が行ったってどうしようもないだろ」
いや、どうしようもないどころか早苗のコミュスキルのプライドがズタズタのボロボロにされて、その腹いせに俺の体がギッタンギッタンのボコボコにされるに違いない。
この時陰山さんは、八つ当たりがこの世で最大の脅威だと思いました。
「ど、どうしようもなくなんてないわよ」
早苗が少し自信なさげに言う。
おい、お前明らかに見え張ってるだろ。
お前のその見栄でどれだけの人が傷つくか分かっているのか。
俺一人が死ぬんだぞ。マジ勘弁してください。
「とにかくやめとけって。ホントに頼むから」
こうやって俺が必死に頼むと、いつもはなんだかんだで早苗は引いてくれるのだが、今回はやけに意地を張っているようで、
「ふ、ふん。そんなこと言われたって、あたしが秒速であの子を口説いてやるんだから。見てなさいよね」
お前は何をするつもりだ。
ナンパと友達作りをごっちゃにするんじゃない。ついでに余計なこともするんじゃない。
早苗はどうやら、どうしても木の葉 雫の席に行って口説きたいらしく、俺の言うことを聞きそうにもなかった。
俺はしょうがないと思い、最終手段に出ることにした。
「早苗。今度お前の言うこと何でも一つ聞いてやるから、ここは頼むから引いてくれ」
俺がそう言ったら、早苗は驚いた様子で俺の顔を見て、
「ほ、ホント?」
「ホントだ、ホント」
俺が返事をすると、いきなりパーッと顔が明るくなった。
おいおい、そんな嬉しそうな顔をしないでくれ。
俺は一体何やらされんの?死ぬの?
俺はそんなことを考えていたら、早苗は「ショッピングにしようかな」とか「え、映画なんてのも」とか独り言のように言っていた。
その内容を聞く限り、俺の命は取られずに済むようだ。危ない、危ない。
俺は安心して一つ息を吐いてから、ふと木の葉 雫の席を見ると、女子生徒が二人、木の葉 雫に話しかけていた。
まあその二人はクラスに何人かはいる、おせっかい大好き芸人見たいなものだ。・・・・・アメ○ークでこれやらないかな。
木の葉 雫はそんな二人に対しても冷たい態度をとり続けていた。
そしてしばらくすると、二人の生徒は木の葉 雫から離れていく。
俺は二人が去って行ったあと、なんとなく木の葉 雫の様子を見ていると何か違和感を覚えた。
何というか、どこかで見たことがあるような気がするのだ。
もちろん木の葉 雫とはこの学校に転校してきて初めて会ったのだが、彼女を見ていると何だか誰かに似ている。
結局、俺はその日、木の葉 雫に対して感じた違和感が取れることはなかった。
でもなぜか、俺はそのことに少しほっとしてしまった。
たぶん、俺は何となく気づいていたからだ。
この違和感は、おそらくパンドラの箱のように開けてはならないものなのだと。