独り寝の夜
――辰巳のこと、ホントはすき。お腹の辺りがきゅんってなるくらい、だいすき。
――克也は自分で思っているより、充分女の子なんだと思うわよ。
克也がストライキを起こしてから、今日でもう三日目だ。
「なんかすごく我が強くなったっていうか」
それとも成長したのかしら。そう思うと、加乃の寝場所を奪って部屋に引きこもられていても、ついにんまりと笑えてしまう。そんな自分を想像したら、ヘンな人みたいで気持ち悪いと思ってしまった。加乃が誰も見ていないのに口許を隠すと同時に、玄関の鍵の開く音がした。
「あ」
加乃は慌てて玄関へと足を急がせた。もう一人の拗ねた子供と、部屋へ引きこもられる前に話さなくては、と思ったからだ。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
仏頂面なのは、大学で何かあったからではないと思う。辰巳は一瞬だけいつも見せる、ほっとしたような表情を今日も見せてくれた。加乃も同じ面持ちで笑みを返す。
「遅かったのね。お夕飯は?」
「レポートのダメ出し食らって、むかついたからその場で書き直してたらこんな時間になっちゃった。飯は適当に食って来たからいいや。連絡入れなくてゴメン」
そう答えながらそそくさと自室のドアノブに手を掛ける辰巳を、背中から抱きついて引き留めた。
「謝るところが、違う」
「じゃ、何よ」
「ここ三日、ずっと私と目を合わせてくれない」
加乃がそう零すと、彼の前できつく結んだ手に、彼の吐き出した吐息が触れた。
「顔を見せたくないの。それくらい察してよ」
「この間、勃たなかったから?」
「お姉さんのそういうところが嫌いだっ」
やっと振り向いてくれた彼の、首まで赤く染まった顔があまりにも愛しくて。
「ん……」
背の高い彼を捉えようと、背伸びで彼の頭を掻き抱く。口付けてから、悔やんでしまう。支えてくれる彼の腕に力がこもってしまう前に。彼がもっと奥へと自分の中へ分け入る前に、加乃のほうから身を剥がした。
「なんで」
「克也が辰巳を蹴った理由がやっと判ったの。リビングへ行きましょう」
そう言って彼の口にし掛けた苦情と一緒に、自分の気持ちもねじ伏せた。
辰巳が部屋で着替えている間に、彼の好きな豆でコーヒーを落とす。今日も部屋を加乃に明け渡す気でいたのだろう。Tシャツとハーフパンツに着替えた辰巳が、ブランケットを片手にリビングへ戻って来た。
淹れたてのアイスコーヒーに浮かべた氷が、グラスの中でからんとよい音を奏でた。それを誘い水にして、加乃から今日やっと克也から聞き出せた彼女の本心について語った。
「克也ね、見たんですって」
どう話を切り出していいのか解らない。その戸惑いがそのまま言葉に出る。言った自分でもまったく意味の掴めない言い方になった。
「何を」
抑揚なく問う辰巳の声に続き、彼が口を寄せて傾けたグラスまでが、からんと無機質な音を立てて、加乃に話の先を急かした。
「私達がセックスしてるところ」
「ぶっ」
隣からそんな音が聞こえ、視界の隅にたたみ職人と化した辰巳を捉えた。
「な、なななな、なん」
「目が覚めたら真っ暗で、怖くて部屋を出たらしいの。リビングが花火で明るかったから……辰巳が私をいじめているように見えたんですって」
克也がその場で二人を止められなかったのは、自分も辰巳にいじめられると思って部屋へ逃げ帰ったからだと嘘をついた。
「いじめ、って……ああ、そうか」
うろたえを見せていた彼が、途端に憂いとも憤りともつかない表情に顔色を変えた。
「そういえば、俺が親父と初めて会ったのも、克也と同じくらいの年頃だった。父親なんかいないと思っていたから、ガッコから帰って来たらおふくろが、まあ、なんていうか……克也のそれは、解る気がする」
彼が少しだけ、自分の話をしてくれた。彼は母親を無理やり犯そうとした場面に出くわしたらしい。唯一の家族を守ろうと、相手を父とも知らず、その腕に出刃包丁を突き立てたと苦笑混じりに話す。
「まだ股間を蹴られただけで済んだ分、俺のが親父よりマシだよな」
そう締め括って無理をして笑う彼を見るのが苦しかった。
「克也が信じてくれないの。いじめられた訳じゃない、って。辰巳は頭もいいし、言葉もたくさん知っているから……克也をお願いしてもいいかしら」
それは言ってみれば、人に頭を下げるのが嫌いな辰巳に頭を下げろと言っているに等しい。それも、まだ十歳になったかならないかという子供を相手に。
(でも、それくらいいいわよね。だって)
その先を言葉にするのが、今の加乃にはためらわれた。
「えー……」
「いや?」
「いやじゃないけど……克也とどんなツラして顔を突き合わせりゃいいんだっつー」
覗き込んでは避けられる視線を、彼の頬をがっつり挟む形で無理やり固定させる。屈辱を感じているというよりも。
「恥ずかしいの?」
「普通そうだろうがっ」
「普通そういうのって、恥ずかしく感じるものなのね」
「あ~……そこで加乃まで落ち込まないでよ。どんな生活環境だったんだよ、ホントに」
辰巳の声が幾らか尖る。きっとまた、あの店主を思い出して腹を立てているのだろう。加乃は慌てて笑顔を作り、辰巳の言葉を否定した。
「落ち込むというよりも、最近いい意味で私って本当に普通ってことを知らないな、と思ったの。貴美子さんと話していても、辰巳とのこういう話でも、このままじゃ克也を普通の生活になんて夢、叶わないなあ、って」
彼は加乃の言葉へ答える代わりに、額へとんと優しいキスをした。
「お姉さんを見てると、つくづくガキんちょを育てるのに、恥だの見栄だの言ってらんないって痛感するよ。大したもんだって、堂々と胸を張っていいと思うよ、俺は」
そう言って克也と加乃に与えてくれた部屋へ向かっていく広い背中を、胸の軋む思いで見送った。
「……どうしたらいい……?」
加乃のその呟きは、克也の許しを得て開けられた扉の閉じた音によって掻き消された。
今から半日ほど前の昼下がり。ストライキから三日目ともなると、さすがの克也も空腹に耐えかね、ばつの悪そうな顔を出して来た。キッチンからこっそり扉を覗いては、いつでも食事を摂れるようにとうろうろしていた加乃は、やっと微笑み掛けるだけの余裕が持てた。
『お腹空いたでしょ。一緒にオムライスを食べましょう』
それは克也の大好物で、そして彼女が出て来るまでの間に五食続けて食べたメニュー。それでも、独りで食べ続けた出来立てのそれより、例え冷めていても克也と一緒に食べるほうが格段に美味しくて、加乃は飽き飽きとしていたはずのオムライスをぺろりとたいらげていた。
『加乃姉さんも辰巳も、バカだ』
もそもそとオムライスを食べながら、克也がぽつりと呟いた。
『折角ボクがこもってやってるのに、毎晩別々に寝てたりして。ボクがふてくされてる意味ないじゃん』
そして、言ったのだ。花火の夜、見たんだ、と。
『……どこから、どこまで?』
訊くよりも早く、加乃の手からスプーンがオムライスごと零れ落ちた。
『結婚しようってトコから、心もあげる、ってトコまで』
それがスイッチとばかりに、克也の大きな吊り目から、大粒の涙が零れ出す。それがチキンライスをふんわりと包む卵にはたはらと落ちて染み込んでいった。
『辰巳なんか、嫌いだ。ボクから加乃姉さんを取り上げた。加乃姉さんまで辰巳を好きになったら、ボクなんか邪魔でしかないじゃんかっ。加乃姉さんはボクだけを見ててくれたのに……辰巳なんか、大ッ嫌いだっ』
ケッコンって何。コセキって、何。次々と克也に質問されて、答えられない自分がいる。
『ボクがいると、面倒なことばっかじゃんかっ。ちっとも加乃姉さんが幸せになれない。加乃姉さんを縛る相手が、あの店主や客から辰巳に変わっただけじゃんかっ』
『……そんなふうに、思ってたの?』
想像したこともなかった。彼女の小さな脳みそが、そこまでいろんなことを考えているなんて思ってもみないことだった。
力のない声で、「ほにゃ」と泣くのを聞くたびに、独りぼっちになるのではと怖くなって、姉さんにお金を借りては、ミルクを買いに走っていたのに。押入れにこもらせてばかりで歩けるようになるのかと不安な毎日だったのに。初めて歩いてくれた克也に、姉さん達と一緒に手を叩いて涙を流した。その成長を喜んだのが、ついこの間のような気がしていたのに。
『克也』
辰巳に対するものと少しだけ違う、だけどよく似た強い情がこみ上げる。
『世界中の誰よりも、克也、あなたが一番好き』
あなたのお陰で、私は前を向いて生きていけるのよ――すらすらと出て来る言の葉に、加乃自身が驚いた。
『だって、心もあげるって。加乃姉さんは辰巳のもので、そんで、辰巳は……加乃姉さんのもの、ってことだろ?』
ためらいがちに付け加えられた克也の言葉と、今まで見たことのない一瞬の表情に、加乃は衝撃を受けた。
(この子……そっか……そうなの……)
『バカね。辰巳も克也のことを大好きでいてくれるから、三人一緒の楽しい未来を想像出来るんじゃないの。心をあげるってのは、辰巳のことなら信じられるという意味よ』
そんなふうにごまかした。今はもう、彼に心をあげる必要などないと解っているから。ただ、今は克也にそのことを伏せておきたかった。
(まだ、早過ぎるもの、幾らなんでも)
頬をぐしゃぐしゃに濡らし、羨ましいほどの濡れ羽色をした克也の髪をそっと払って抱き寄せる。
『辰巳が私の願いを叶えてくれる。克也を大人になるまで守ってくれるわ』
本当は、克也も辰巳が嫌いな訳ではないんでしょう、と問い掛けた。嫌いな人を前にして、彼女は絶対眠れない。まだ人が怖いから。
『辰巳のこと、ホントはすき。お腹の辺りがきゅんってなるくらい、だいすき』
その言葉に反応したかと思うほど、加乃の下腹部がつきりと痛んだ。
『お腹がきゅんとするくらい?』
『うん、きゅん』
『そう……。きゅん、かあ』
久し振りに、たどたどしい姉妹の会話を交わした気がする。思えばこの半年近く、克也は辰巳に勉強を教わっていて、彼のほうにべったりとしていることが多かった。加乃は加乃で、家事やネットを通じての勉強に明け暮れていた。辰巳のいない日中も、会話はあっても胸の内を語り合う機会がなかったことに今になってようやく気付いた。
『私から、辰巳にごめんなさいって言ってあげようか』
胸の辺りで小さな頭が、横に二回、ふるふると震えた。
『だって、ボクは悪くないもん。家族だとか言っておいて、ボクに気を遣ってる辰巳が悪いんだ』
――ボクは辰巳の弟になんかなりたくないんだ。
『ケッコンとかコセキとか、ボク、そんなの見たことないし、どうでもいい。ボクから加乃姉さんを取り上げないで、そんでもって気も遣わないで、そういうのが家族っていうのじゃ、ダメなの?』
なんて難しいことを辰巳に要求しているのだろう。そんな想いが加乃の口角を苦々しく上げさせた。
『克也は自分で思っているより、充分女の子なんだと思うわよ』
『へ?』
辰巳だけでなく、ここにも自分の心に鈍感な子が一人。加乃はそう思うと、苦笑の裏で深く暗い不安を抱かざるを得なかった。よかれと思って来た克也の育て方を、加乃はこのとき初めて悔やんだ。
「加乃ぉっ!」
「加乃姉さんの嘘つきぃっ!」
リビングと通路を隔てるガラス扉を無視するほどの大きな怒声が高低音の二つ。加乃が頬杖をついていた姿勢を慌てて正すと、振り返るよりも早く、大小のでこぼこコンビがリビングへ競って駆け込んで来るなり、加乃に集中砲火を浴びせた。
「何が俺にいじめられた、だっ! こいつ思いっ切り年齢不相応に要らん知識ばっかありやがるじゃないかっ」
「ボクはそんなに弱っちくなんかないぞ! ヘンな嘘を辰巳に言うなっ」
片方は顔を真っ青にして、もう一人は真っ赤な顔を膨らませて、加乃にはそこへ至るまでの経緯が分からない話し方で仲直りの結果だけを告げて来る。
「……あなた達、なんの話をしていたの」
「家族の作り方」
「克也、違うだろ。家族の在り方」
「あ、そか。作り方は」
「言うな」
「でも、宿に住んでたときは、普通に客が部屋まで来たりとかしててさ」
「だからっ、それが普通だと思うなって話したばっかでしょっ。はい、その話はもう終わりっ」
「恥ずかしいとか、ガキじゃね?」
「まだ言うか、このませガキっ」
まるで兄弟喧嘩だ。辰巳がいい大人の癖に、一回りも年下の子供と同じレベルで言い争っている。
「……ばか」
心の底から呆れた言葉が、加乃の口から零れ出た。同時にごぽりと嫌な音を立てて湧いた感情には、一瞬気付いたが目を背けた。
辰巳は、こんな意味合いで子供っぽい姿を加乃と二人きりのときには絶対見せない。年上である自分を意識しているのか、背伸びをしているといつも感じる。例えば今目の前で克也とじゃれている辰巳を子供らしい素直な子供とするならば、加乃の前で見せる辰巳の子供っぽさは、大人扱いしてくれないと肩肘を張る思春期のそれに近い気がする。
「ほら、二人とも夜も遅いから、続きはまた明日、ね?」
加乃は得意の作り笑顔をかたどった。二人に決して剥がされたことのない仮面。
「あーい」
「ほーい。あっ、辰巳ぃ、今日はボク、辰巳と寝るー」
「んじゃ、部屋で待ってなー。加乃っ、一緒に風呂入ろっ」
「……ばか」
コーヒーカップを洗いながら呟いた加乃の声が、かすかに震えた。辰巳がそれに気付くことはなく、彼は明るい声で「けーち」とだけ言って浴室へ消えた。
辰巳の部屋に、そっと身を滑らせる。きっと辰巳がエアコンの風に慣れない克也の身体を考え、扇風機だけで我慢していると思ったからだ。案の定、二人ともお腹を出して眠っていた。その癖広いベッドで二人小さくまとまっている。辰巳は子供のような寝顔で幼い克也を抱いたまま、小さな寝息を立てていた。
(誰かを本気で好きになる余裕なんてなかったのね、きっと)
はだけたタオルケットをそっと二人の半裸に被せると、辰巳が「うん」と寝返りを打って克也を手放した。加乃にはそれが、自分が心の中だけで呟いた言葉への答えに感じられ、腹の底がひんやりとした。
克也のいない独り寝の夜。そんなときには、つい考えごとをしてしまう。
「辰巳。好きって、いろんな種類があるのよ」
加乃の小さな声が、仄暗い室内に響いた。
辰巳と克也を比べることなんか出来ない。それははっきりしていること。
「じゃあ、私は何が心配なのかしら」
辰巳と克也がそれぞれに抱く、本当の気持ちに気付くのが、怖い。そう思うのは、克也を辰巳に傷付けられたくないからなのか、辰巳を克也に奪われたくないからなのか。
「私は、辰巳のことが、どう好きなの?」
白い天井に向かって問い掛けてみる。うっすらと浮かぶ波模様が、何か教えてくれるような気がした。
辰巳に偉そうなことを言える立場ではなかった。本気で誰かを好きになることなどなかったし、そもそも「愛」という言葉さえ知らなかった。毎日を無事やり過ごすことに精一杯で、そんなことを考える余裕などなかった。
昔「愛」という言葉を教えてくれた上客の言葉を、この頃よく思い出す。
『その人が幸せそうに心からの笑みを零しているのを見るだけで、自分も幸せ、と思える気持ちを言うんだ、とオレは思ってる』
そう言って加乃を身請けしようとしてくれたその人は、名前も知らない内に通って来ることがなくなった。あとで姉さん達が教えてくれた。彼が藤澤会系列のとある組の跡取り娘の婿養子だったこと、そして妻に当たるその女性がとても嫉妬深いということも。
今思うと、愛してくれていたのだと思う。そのときの加乃は、彼の背に刻まれた虎の刺青が怖くて、その言葉の深い意味を捉え損ねていた。
「辰巳の背中にも、紋々があるのにね」
どうして彼のことは怖いと思ったことがなかったのだろう。克也の存在が判れば奪われる、殺される。そんな怒りや恐怖で身を震わせることはあっても、彼自身を怖いと感じたことはなかった。
「ああ。そっか。そういう、ことなのね」
初めて目にしたときの自分を見下ろす辰巳の瞳を思い描いた瞬間、突然それが加乃に知らしめた。
「最初から、私とお母さんを重ねて見ていたのね。それも、大好きなお母さんだった」
縋るような、そして慈しみに満ちた瞳で自分を見つめる辰巳。加乃がそんな彼しか知らないから、一度も彼の瞳に恐怖したことがなかったのだ。
なぜか目尻から涙が零れた。子供はいつか、親の手を離れていくもの。離れないのなら、親からその手を離してあげるべきもの。
――幸せそうに心からの笑みを零しているのを見るだけで、自分も幸せと思える気持ち。
それが、愛しているということらしい。例えその笑顔を与えるのが自分ではないとしても、笑みを浮かべていられる気持ちであって欲しいと願う気持ち。
克也も辰巳も笑っている。加乃の願いは叶っているはずなのに。
『お腹の辺りがきゅんってなるくらい、辰巳がだいすき』
克也の言葉を思い出すと、また子宮の奥が鈍く疼いた。
「まだ……早いわ」
どちらか一方が自分の気持ちに気付いてしまったら、この幸せが終わってしまう気がした。自分という存在が邪魔になる。そんな気がしてならなかった。
「独りは……いや」
すべては辰巳の勘違いから始まった。でも、その勘違いがなかったら、今の自分や克也の笑顔がなかったことも間違いない。
「辰巳の……ばか」
アダムにイヴはふたりも要らない。誰かが蛇になって神から手足をもがれる前に、自分が楽園を去らなくては。禁断の実を食べた罪で、二人が楽園を追われてしまう。
「私はどうしたらいいの」
辰巳を男性として愛しているのか解らない。ただ、彼の笑顔を失いたくないことは確かだ。なのに、克也に対する想いもほぼ同じ。その癖彼女が女性として辰巳を意識するのを恐れている。
『生きるの死ぬのっていうことを、じじばばになるまで考えなくて済む世界。そんな世界で、三人一緒に暮らそうよ』
辰巳が言ってくれたプロポーズの言葉。自分と辰巳には無縁の世界。海藤周一郎がそんな甘い人間でないことくらい、末端に位置していた加乃でさえも知っている。
「きっと、いつかこの暮らしにも終わりが来るわ。……ホント、お坊ちゃんなんだから。……ばか」
加乃は辰巳の描いたそんな世界を信じることが出来ないでいた。