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少女は誰かと結婚したい

8年後のお話です。


 うそつき、と少女はつぶやいた。


 ずっと一緒だと。結婚なんてしなくたって、家族はずっと一緒にいられるのだと言ったのに。

 アメリは両親の名が刻まれた真新しい墓に花束を手向けると、零れ落ちる涙をぬぐうこともせず、嗚咽を漏らしながらもう一度うそつき、とつぶやいた。


 アメリの両親が不幸な事故で命を落としたのは、つい先日のことだった。突然やってきたかけがえのない家族の死、そのうえ途切れることなくやってくる葬儀や相続などの作業をこなすことは、まだ13歳のアメリには酷としか言いようがなかった。

 しかしやらねばならない。アメリは感情を押し殺して淡々とすべてを片付けた。葬儀を終え、埋葬し、後見人との契約や相続手続きをすませ、働いていたメイドらに紹介状を持たせ解雇を告げた。そうしてすべて終えて、アメリはやっと墓の前で泣くことができた。


 その少女の金色の髪を、優しくなでる人物がいた。泣き崩れるアメリに声をかけようともせず、ただ黙って見守るのは、執事として働いていた青年、ノエだった。これ以上給金を払うことはできない、と今まで仕えてくれたメイドや従僕を解雇したアメリだったが、ノエだけは「せめて落ち着くまでは」とそれを拒否し、彼女のそばに居続けていたのである。


「ずっと、一緒だって、言ったのに」

「うん」

 それまでただただ泣いていたアメリが小さく呟いたので、ノエもそれに小さく答える。会話をするつもりではなかったが、この少女は世界で一人きりではないということを伝えたかった。

「結婚したいって、言ったら、そんなことしなくても、家族は、一緒だって」

「そうだね」

 アメリがまだ幼いころ、「結婚したがり」だった彼女を思い出す。そのたび彼女の両親は笑いながらそう言ってアメリをなだめすかしていた。


 ぺちん、と軽い音がした。アメリが墓石を小さな白い手でたたいたのだ。ぽたぽたと彼女の瞳からこぼれた滴がその手を濡らした。

「なのに、パパもママも私を置いて死んじゃった……!うそつき!うそつきぃ……!」


 今のアメリに何を言っても、なんの慰めにもならないことを、ノエは痛いほどよくわかっていた。まだ13歳なのだ。大人びた様子で冷静に様々な手続きをこなしていたが、その姿は痛々しくて見ていられないほどだった。それでも何もしないよりは、と止めなかったが、突然訪れた両親の死に動揺しないわけがない。


 だからこそ、そばにいたかった。このはかなげな少女を今放ってしまったら、取り返しのつかないことになりそうで怖かった。ノエとて13年間仕えた大事な主を亡くしてつらかったが、それよりこの娘や妹同然に可愛がってきた少女が心配だったのだ。


 どのくらいそうしていただろうか。頭上にあった太陽はすっかり暮れようとしていた。涙も枯れ果てたのか、アメリはようやく泣くのをやめた。そっと後ろのノエに寄り添う。ずっと気を張ってきた少女がそうするのはどれぐらいぶりだったろうか。ノエは少し安心した。


「ノエ、ありがとう。最後まで一緒にいてくれて」

「何を一丁前に言ってるのかな、このお嬢さんは」

 自分という存在をしっかり認識したらしいアメリに軽い調子でノエが返すと、ふふ、と力なくアメリが笑った。

「でも、本当にそろそろ大丈夫だわ。ノエ、もう平気よ。だから、そろそろ紹介状を受け取って?うちにはもう誰かを雇うようなことはできないし、もう落ち着いたから」


 この少女に頑固なところがあることは、13年間一緒にいたノエにとってすっかり知り尽くしたことだった。しかし、だからと言って軽々と受けるようなことはできない。せめて落ち着くまでとは言ったが、ノエはこの娘のそばを離れることは考えていないのだ。少なくともあと5年――アメリが成人するまでは。


「あのねえ、アメリちゃん。たった13歳の君が、いったいどうやって一人で生きていくわけ。家は。食事は。学校はどうするの。後見人である親戚の家には行かないんだって、この前君が断ってるの俺聞いちゃってるんだけど」

 耳ざといのね、とアメリは皮肉げにつぶやいた。

「一人でだってなんとかなるわ。もう13歳よ、町に出れば働くこともできる。最初はどこかで住み込みで働いて、いずれ小さな家でも借りる。ほらね、ちゃんと考えてるのよ」


 穴だらけの「ちゃんと考えられた」将来設計に、ノエははあ、とこれ見よがしにため息をついた。働く先を見つけるのは容易だろう。見目もよく、きちんとしつけられた娘。しかし働くことはこのお嬢さんにとって決して簡単なことではない。それがまっとうな仕事であっても、そうでなくても、だ。


 それに、とノエはアメリを胡乱げに見た。まだこの少女は何かをたくらんでいる。視線に気づいたアメリは居心地が悪そうに身じろぎし、ごまかすように瞳をそらしたが、やがて耐えられなくなったように白状した。

「わかってる、ノエは私がどこかのお金持ちの家に嫁ぐんじゃないかって思ってるんでしょう」

「それが君のなかの将来設計第一候補でしょ」

「う……」

 図星だったらしい。アメリはちいさくうめいて、観念したようにうなずいた。


 13歳である彼女は、後見人の許可があれば結婚することができる。そして、それが働いたこともない、天涯孤独の少女にとっては最善の策であるかもしれなかった。


「いいかい、アメリ。俺は絶対そんなの許さないからね」

「ノエの許可なんていらない。だってそれが一番現実的だもの。家にも住める、ご飯も食べられるわ」

「でもだめ」

「なんで?誰でもいいの。誰でもいいから結婚したいの。だってそれが一番私が幸せになれるのよ。ノエはそれが望みでしょう」


 確かにそうだ。ノエの望みはアメリの幸せ。彼女はそれをよくわかっていた。そういえばノエが引き下がるだろうことも。しかしノエも負けてはいられなかった。未来のある大切な彼女に、そんな絶望的な選択はさせられない。


「そんなの結婚じゃないよ。結婚は大好きな人と一緒にいられる約束なんでしょ?」

 アメリの口癖をわざと強調すると、彼女はぐ、と詰まった。しかしすぐに反論する。目を少しうるませて。

「だって、そんな約束、死んじゃったら意味ないじゃない。結婚だってそうよ。ずっと一緒にいられるなんて、嘘だもの!」


 感情を爆発させたアメリに、ノエもまた少しいらだちながら答えた。

「嘘じゃない。わかった、じゃあ俺がずっと一緒にいるよ。それでいいね」

「……な」

 二の句が継げない、と目を丸くさせて驚くアメリに、ノエは言葉をつづけた。正直まったく言うつもりのなかった言葉だったが、もはや勝手に言葉があふれ出ていた。

「君は俺の大事な主の一人娘だ。生まれたときからずっと世話してきて、13年間一緒に過ごしてきた。妹や娘ともはや同じ。その大事な君をどっかのロリコンに嫁がせるなんて冗談じゃない。君が本当に結婚したいと思える男が現れるまで、俺が君とずっと一緒にいる。俺が君の家族になるよ。君の両親だって本当は君と一緒にいたかったんだ。その悔しさを、俺が引き継ぐ」


 そして、やや乱暴にアメリの小さな体を抱きしめた。あたたかくて、愛情にあふれたそれに、アメリは両親を思い出して涙をこぼした。


 その日から、奇妙で、いびつで、不確かな、しかし愛情と幸福に満ち溢れた二人の新生活が始まった。


次回最終話。

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