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影と翳  作者: 八幡祐咲
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帰郷

 この地へ帰ってくるのも何年ぶりのことだろうか。

 川のせせらぎ、風で草木の揺れる音、澄んだ空気の匂い……ここを旅立った、あの日と何も変わっていない。


 いや、同じように見えても自然は少しずつ『変化』し続けているものなのだろう。そういう意味では、私は大きく変わった。

 そう、本当に大き過ぎるくらいに。


        †


 生まれ育った山の登り慣れた道。そこを進むにつれて妙な『変化』が起きているのを私は感じていた。

 私は、そっと仕込んだ苦無(くない)を手に流す。

 暫く平然と進んだのち自分の横へと気配が移動した瞬間、足を止め――その方向へ素早く放つ。武器の突き刺さる音の後、茂みの中で何かが倒れる。素早く駆け寄り様子を窺うと、そこには人の形をした黒い影が揺らめいている。その額には、先程投げた苦無が生えていた。影は呻くような声を上げながら藻掻(もが)いていたが、やがて静かになると弾けるが如く消え去った。

 無論、影がいまの一体だけではないことは解っている。

 私は足早に山道を進む。道中、何度か急襲を試みた敵がいたものの、その度に彼らは空振りや出遅れという失態を犯し同様に消滅することとなった。


 間もなく目指していた場所へと着く。しかし標高が高まってゆくのと同時に、妖気のようなものの濃さもかつてなかった程に上がっているのを私は心身両方で感じ取っていた。

 ふと、私の鼻が血の臭いを嗅ぎ付ける。

 この周囲をよく見てみると地面や草木が荒れていて、あちこちに血痕が確認できた。これはまさか、と考えた次の瞬間。私は素早く抜刀し、刃先を一方へ突き出した。そして、その刀身に貫かれている者へ訊く。

「貴様等は私たちの父上を殺めた者たちか」

 その相手――これまでの奴らとは一回り上、という感じの影――は妙な息遣いで呼吸をしながら私の顔を見つめている。二重の意味で、訊くだけ無駄だった。ゆっくり刀を抜くと、すぐさま刀で『一』の字を書く。離れた所へ飛び転がった首と残った身体が煙の如く消えると同時に、私は急いで先へと向かう。やがて山奥にひっそりと佇む社の鳥居が見えてくる。

 私は息を呑んだ。その門を入った先で誰かがうつ伏せに倒れているのが見える。

 近付き、その者の身形がはっきりしてくるにつれ私は不安が的中してしまったことを残念に思った。あちこちが破れ血と泥にまみれてはいるが、その白衣(びゃくえ)と緑の袴は紛れもなく彼が丑三ツ刻に『務め』へ向かう際の装束だった。

 彼は木刀を握ったまま力尽きている。

 勿論これは単なる木刀ではなく、ある特別な秘密があった。しかし、いまは彼の意識が無い為に、それが発揮されていない。私は彼の傍らへ駆け寄り、静かに身体を仰向けにすると嘴に顔と手を近付ける。まだ息はある……もっとも、幼い頃からの厳しい修行に耐えてきた彼がこれぐらいで死ぬとは到底思えないが。

 幸い、この鳥居を通った先には先程まで散々攻撃を仕掛けてきた影たちは入って来られないようだった。だが、それは奴らが雑魚であったからに他ならない。この強い結界が張られているかのような境内でさえ強力な力を持つ者であれば入り込んでしまう。私の――否、私と彼の記憶には。それができた敵の姿、そしてそいつが私たちの育ての親を殺した時の記憶が強く刻み込まれている。

 忘れることなどできない、どす黒い記憶が。


        †


 うぅッ、という彼の苦しげな声で無意識に物思いに耽ってしまった私は我に返った。どうやら譫言(うわごと)だったようだが、兎にも角にも急いで処置をしなくてはならない。

 本当は、あの『務め』を終えた後は禊ぎを済まし穢れを落とすまでは誰も身に触れてはならぬものであるらしい。私たちの父は言っていた。

「戦いでまみれた黒い気で、その者も穢れてしまうから」と。

 私は小さく笑みを浮かべる。

 (カラス)族の私は、これ以上黒く成りようがない。それに私はもう十分過ぎる程に……いや、そのことをいま考えるのは止めよう。私は気持ちを切り替えると、彼を両腕で抱え慎重かつ可能な限り迅速に移動する。

 

 向かう先は決まっている。この境内から通ずる、大きな泉の広がる洞窟へ!

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