究極下での答え
すいません、グダグダかもしれません。
彼女はそっと身じろぎすると、目を開いた。まだ眠気が残っているのか、二度三度頭を小さく振っている。壁掛け時計を見た彼女の動きが一瞬止まる。
「も、もうこんな時間?! 急いでご飯を作らないと、栄治さんが・・・・」
そこまで言いかけた時、彼女は気づいた。彼女の視界に映るのはつい一ヶ月までいたはずの見慣れたリビングではなく、清潔感が漂っている慣れない空間であることに。
「・・・・・・あは、あははっ・・・・何やってるんだろうなぁ・・・・私」
彼女は突然笑い出し、今しがたまで眠っていたソファーにすとんと座り込む。
広いリビングには彼女の他には誰もいない。ふと、彼女は今朝の出来事を思い出す。あの時計もどきが本当のことを書いているのだとしたら、彼女の罪はあと12時間で全世界に公開されることになる。
それならそれでいい・・・・諦めにも似た心境で彼女は考える。自分は何がしたかったんだろうか、と。
彼女が人生で一番幸せだったと思えるのは、彼女が小林芽衣子から、石橋芽衣子になった瞬間である。
大学の友達の結婚式で出会った石橋栄治という男に、彼女は恋をする。彼女は生まれて初めて、人を本気で好きになった。
それから、たくさんの日々を彼とともに、彼女は過ごした。それは、なんでもないような日々だったけど、それでも彼女にとって、彼と過ごす日々はすべて特別なものだった。
―――君が好きだ・・・・結婚してくれ。
ありふれた告白の言葉。彼が恥ずかしそうに、しかしそれでも彼女をしっかりと見つめてそう言ったとき、彼女は、これ以上ないくらいの幸せを感じた。
それなのに、いつからか彼女は何も感じなくなった。
息子が生まれて、あこがれの家を買って・・・・彼女は、毎日彼のために食事を作って、彼のために洗濯をして、彼のために息子を愛し、彼のために笑って、泣いて、怒って、彼のために生きていた。それから、彼のために生きているのが心底嫌になって―――彼を殺した。
けれども、彼のために生きていた彼女の人生は、彼がいなくなった今、成り立たなくなってしまった。そのことに、彼女はようやく気づいた。気づいてしまった。
座り込んだままの彼女の両目から、音もなく涙が溢れ出す。彼女は立ち上がり、走り出した。
彼女が求めていたものは、今朝となんにも変わることなく床の上に転がっていた。
若干息を乱した彼女は、ゆっくりとそれを拾い上げる。まるで、彼女がそうすることを知っていたかのように、ディスプレイに新たな文字が湧いてくる。
『0*0-54*2-689*』
それは、とうに消してしまった、つながるはずのない番号。彼女は息を飲み、恐る恐る震える指で、ダイヤルする。
Pullll,Pullll,Pull―――
コール音が途切れ、いるはずのない相手の息遣いが微かに聞こえてくる。
「ごめんなさい――っ」
彼女は涙混じりの声で伝える。ずっと胸に秘めていた気持ちを。
「あなたが、私の作った料理を美味しそうに食べてくれるときの顔が好きだった。
あなたが、私がアイロンをかけてパリパリになってしまったスーツを見て微かにもらす笑みが好きだった。
あなたの何もかもが・・・・好きだった。
なのに・・・・信じられなくなった。私を本当に愛してくれているのか、わからなくなったの。あなたが、いつからか私になんの興味も抱いてくれなくなったのに気づいて・・・・怖くなったの。
私はこのままあなたに捨てられるんじゃないかって。自分の気持ちまでもがわからなくなって、全部嫌になって、自由になりたくなって・・・・
ねぇ、もう遅すぎるけど聞いてもいいかな?
―――私を、愛してますか?」
彼女は、迷わず手を伸ばし緑のボタンを押そうとした。だが、その手がボタンに届くことはなかった。
「芽衣子」
伸ばした彼女の手を握り締め、彼はその名を呼ぶ。
彼女の手から、携帯が滑り落ちる。その声は彼女が一番聞きたかった声で、二度と聞けないはずの声。
「――愛している」
そう囁き彼は、妻の体を力いっぱいに抱きしめた。
抱き合う二人を見て、青年はようやく取り戻した幸せを噛み締め、静かに涙をこぼした。
ありがとうございました。
なんか、自分で言うのもなんですが、青年の役回りが可哀想ですね・・・
感想、アドバイスお待ちしております。