大掃除
年末ですねえー。クリスマスも終わった。紅白はもうすぐ。学校は休み。外は寒い。このぽっかり空いた日々。こんなときは、
「寝るにかぎるー。ごろごろー」
ってわけにはいきませんか。そうですか。今年まだ買いたてのキレイな布団。まとわりつく毛布。あったかさが閉じ込められて、しだいに汗じみてくるのも心地よい。窓から、カーテンの隙間から、外の邪悪な冷気が入ってくるから、私はさらにくるまってもぞもぞと毛虫になる。
「いけねいけね。駄目だ駄目だ」
日々は毛虫を置いて過ぎていきます。光陰矢のごとしです。こうして布団の中の永遠でふしぎな万能感を味わっていても、髪は油にまみれていく。肌もかさかさしてくるし、ハウスダストは積もっていくし、飲みほしたペットボトルは溜まっていく。私のこの部屋は「過去」のものとして、今年といっしょにずんずん沈んでいくでしょう。それはいけません。まだ一発も当ててないのに過去の人になってしまう。私は「いま」を生きるんだ。
そう考えてやっと起きる決心。「決心」だけど。なんでも小さく一歩ずつです。布団の名残惜しさをあと15秒。…いえいえ、いけません。10秒です。やると決めたからにはバッとやってしまえ。布団を布団を、毛布…
「ばぁーん!!」
私は生まれた。布団と毛布をふっとばし、寒い上半身からまだ寝ている下半身を引っ張り出す。トイレへGO!洗面所で顔を洗え!うがいうがい。
「ふぅー、めざめたぜぇ」
コーヒーを作る。お湯を沸かし、テレビをつける。朝の番組はもう終わっていた。
「10:20…ちょっと寝坊か」
まだ少し重いまぶたをそのままに、どうでもいい音声を耳に入れる。コーヒーを飲んだら着替えよう。それでごろごろしてた私と今日はおさらばです。
さって、落ち着いたところで、今日は大掃除です。今年の汚れは今年のうちに。いい言葉ですねえ。汚れとは過去の私のぐうたらの残り香ですから。このままでは2012年に囚われたまま私はぐうたらを続けるのでしょう。岡部倫太郎も過去を繰り返すのをやめました。私も未来に行くんだ!さよならタイムリープ。
机に転がってるゴミの数々。ペットボトル、菓子の包み、使い終わったメモ、捨てましょう。イヤホン、ボールペン、iPod、どかしましょう。そして広がる平野には、ちょっとギョッとする埃たち。…拭きましょう。
机を綺麗にしたついでに、電気のカサも拭いておこう。見えないところに見えない埃。恐怖とはまさしく過去からやってくる。雑巾に押し寄せられた埃が宙を舞う。ちょっときれい。
床に転がってる本や服やドライヤーをよけて、掃除機をかける。萌え掃除機のルンバたん…ではない普通の掃除機をさくさくかける。実に作業的。音はすごいけれど、ちゃんと埃を吸い取ってるのか疑いの眼差し。床はカーペットだから目に見て綺麗なんてことわかんないんだよね。たぶん眼鏡の度もあってないし。
そして本棚。の脇に積まれた本の山。すてるなんてとんでもない。整理して、10年前からあるみたいに並べよう。と、なると本棚の中もひっくり返さなきゃだなあ。これが厄介なんだよなあ。
私の本棚はスライドレールで二重になっている。前の本棚をよけて、奥の本を分けていく。隙間を生み出し、本を詰め、隙間を生むため、本を出す。
「奥の本、1年ぶりぐらいに見るなあ。わ、埃ついてら」
ティッシュでとりあえず拭き取る。あ、これ懐かしい!『Dr.リンにきいてみて!』じゃん!あー好きだったなあ。アニメがとても好きだったけど、原作のタッチは一点ものだなぁ。だけど今読んでみると「そうする」とかの台詞がみんな「そーする」になってるのに気付く。キャラ付けではないよね。みんな言ってるし。シリアスな場面で伸ばすのはあんまり好きじゃないかもなあ。あ、でもお兄ちゃんの豹変はほんとにいいよねー。昔はお兄ちゃん大好きだったなあ。
…いかんいかん!読んでしまった!みなさん、これが大掃除の罠ですよ。懐かしい漫画に心惹かれて読んじゃって。時間が過ぎちゃうこのアレ。今日はなんだか時間にばかり追われてる気がするなあ。休みなのに。
『Dr.リン』を丁寧に奥の棚に仕舞い直し、再び本を片づけていく。わ、『檸檬のころ』だ。この小説ではじめて「堀北真希」を知ったんだっけ。彼女はすごく物語の人みたいだよね~。…いかんいかん。
あ、でもわたしこの中では好きな男の子のバンドの曲の歌詞を書く女の子の話が好きだったなあ。彼女の想いはどうなったんだっけ、叶わなかった気がするけど、「とどかないとどかない ゆびがちぎれそうでも」って歌詞は覚えてるからまぁ、そんな感じなのかなぁ。私じつはこの歌詞をスピッツの曲のメロディにあわせて読んでたんだよね。本をめくるだけで思い出しちゃったよ。…いかんいかん。
そういえばこの話読んですっごく青春な気分になったあとに、この人のエッセイを読んだら、すっごく死にそうな気分になったことも思い出した。作者の高校時代を綴ったものだったな。『檸檬のころ』がほろ苦くも羨ましい青春だったのに対して、こっちは生々しく暗い青春時代が書いてあって、教室で沈んだんだった。でもどっちも好き。探すのは…やめよう。
「だめだめ!なにやってんだ私ゃ。なにちょっとブルーになってんだ!」
いけないなぁ~。すっかりはまりこんでたよ。もう事務的に。極めて事務的に作業終えるべし。本ももう中身見ないっ。表紙も、背表紙もだ。おまえらは名無しの本だ!
「あ…」
私は見つけてしまった。名無しと決めかかってる本ではなく、文字通り名無しの本。いや、それは本ですらないのだ。A4の無地のノートブック。そこには私が3年前描いた漫画が載っているのだ。
捨てよう。まだこんなもの置いていたなんて。ふざけてるな過去の私。ふざけている。ちょうどいいや、年末用の大きなゴミ袋に棄ててしまって、それでもう見ることはない。こんなもの。
だけど、私はそれを放り投げることが出来なかった。潰せもしなかった。握りしめようとして、少したわんで折り目がついて、そこでどうしても先に進めなかった。
「……」
仕様がない。ベッドに放る。めくられた布団と毛布のあいだに飛び込むノート。数時間前の私の位置を奪ってやったようでさらに忌々しい。
大掃除とは、今年の汚れを今年のうちにかたづけること。今年の汚れ、私のぐうたらの残り香。私はそれを放置した。何年も。心底腐りきって、後悔したあの時に捨てておくべきだったんだ。あの時の感情の勢いで投げなかったから、いま私は掘り起こした過去と見つめあう羽目になっている。
ああ、ああ、やだやだ。あの頃の私とはもう違うんだ。違うんだって言い張ってもこいつが出てくる。風化した感情をやむをえず解凍してもゴミ箱に放ることさえできずに、確かにあの時描ききった達成感と、そのあとの惨めな感情が散らかってどうしようもない。折れたページを直すことさえしている。矛盾だよ。
ぶれているタッチ。貼り忘れているトーン。なんだこのシーンは。前後と全くつながっていない。でも、そこが一番力入ってる。一番うまい。ゆえに。
いかんいかん。また没頭してる。もうやめよう。これもまた仕舞おう。どうしようもないものだから。ゴミになれないものは捨てることはできない。まともに見つめ返すことも。
ケータイを見る。連絡する相手はない。過去の堆積の中に。地層を重ねていくしかない。
「もう年末だ」
感想頂けると幸いです。大掃除をしよう。