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9/11

 9/11 お約束のパターンその2

 人は常に、青い鳥を見落としている。



 ★★★



 場面は暗転する。

 場所は結婚式場の扉の前。

 すでに式場中では新郎がうりこ(栗柄少年)の登場を心待ちにしている。

 首尾良くウェディングドレスに着替えられたうりこはお付きの使用人ふたりに囲まれて出番を首を長くして待っていた。そこでようやく問題に気付く。

「ウルさんからの連絡が来ない」

 ホラに来るはずの連絡がない、うりこが監禁部屋から飛び出してからもう二十分以上時間が経過しているにもかかわらず、なんの音沙汰もないのである。

「まさか、捕まったんじゃないだろうな」

 充分にあり得る話であった。

 ウルが捕まった場合のことはまったくシミュレーションしていなかった、所詮は一般的な女の子なのだから、誰にも気付かれずに逃げるほうが難しいというものだ。

 そして、何よりの問題は……。

「結婚式が始まったら、どのタイミングで逃げればいいんだろう?」

 ぱっと良い考えが浮かばない、いままでの閃きはどこへ行ったのやら。

 助けるはずが、逆に助けてほしい気持ちになる。


★★★


「それでは、うりこ様のご入場です」

 うりこの名を呼ぶ明快な声と盛大な拍手の後、ついに結婚式場の扉が開かれた。

 周囲から痛いほどの視線が身体中を貫く感覚に、少年は息を呑み込む。いくら変身が完璧であろうとも、ふとした拍子にカツラが外れたり、挙動の不審さに気付いたりすればあっという間にバレてしまうからだ。

「ウルさん、なにやってるんだよぉ」

 もう後戻りはできない。

 結婚式を始める前に姿をくらます、という遠大な計画が台無しである。これでは一旦結婚式を終わらせなければ逃げられなくなった、それはとても嫌な予感がする。

 そして、いつの間にか式場最奧のステージへと上がってしまう。

 考え事をしている内にボソッ、とした忍び声がうりこの耳を打った。

「久しぶり。今日は一段と可愛いね、うりこちゃん」

 顔を上げると、そこには見慣れぬ青年の顔があった。育ちがよいけれど女を泣かせてきたであろう甘いルックスの男であるーーこの人が長の息子、のようだ。

「ようやく僕を選んでくれたんだね、嬉しいよ。キミを絶対に幸せにするからね」

 存外に優しい男だ、と少年は評価する。

 もしかしたらこの男はウルが拉致された事実を知らされていないのかも知れなかった。それならば、息子もいわば被害者なのだから気の毒な感じである。

 ほんのちょっぴりだけ同情して、すぐに撤回することになった。

 長の息子は、うりこの腰を掴む振りをして、臀部でんぶを、なで回したのである。

 うりこの背中にサッと悪寒が走った。

「あ、ゴメン。手が滑っちゃった」

 嘘だ、絶対に嘘だ。

 足を踏みつけてやろうと思ったけれど、事を荒立てるのは得策ではない、と無理矢理に自分を押さえつけた。ここから離脱して、機会があれば長の関係者に『長の息子は変態です』とリークしてやろうと心に誓った。そのためには、ここを凌がなければいけない。

 すかさず神父が咳払いをする。

 神父は、まるで台本を読み上げるかのようにお決まりの常套句を長の息子に投げかけた。

なんじはこの者を妻とし、死がふたりを分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」

「もちろん」

なんじはこの者を夫とし、死がふたりを分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか」

「……はい」

「皆さん、おふたりの下へ神の祝福を願い、お祈りをしましょう」

 全員黙祷するなかで、栗柄少年はホッと胸をなで下ろす。

 どうにかうりこを演じることができた、このままならば、着替えの隙に抜け出すことも充分に可能であるから楽な仕事である。

「それでは、誓いのキスを」

 ……、誓い?

 え? キス? 魚? と少年の頭は混乱し始めた。

 つまりつまりつまり、この男と接吻を交わせとおっしゃるのか。

 目を会場に向ければ、参列した大勢の人間の視線がこちらに集まっている。

 正面には、目を瞑ってキスを待っている男の姿があった。

「さぁおいで、うりこ」

 無理無理、絶対無理、と少年は断言できる。

 つまり、こっちから飛び込んでこい、という意思表示なのだろう。けれど、ファーストキスが、しかも男と、なんて、トラウマになる。取りかえしのつかないほど大きな傷になってしまう。

「照れ屋さんだなぁ、じゃあ俺から行くよ」

 すると、ガシッと頭をバスケットボールのように鷲づかみしてきた。もちろん長ジュニアである。

 これではもう逃げられないし、いろいろ押し込まれてしまう。それは、自分から飛び込むよりもずっとレベルが高くて、大事な何かを失ってしまいそうで。目から涙が出そうになる。

 もう男の顔が目と鼻の先に迫っていた。

 これは、腹をくくるしかない。

 理性を切り離せば、肉体を放棄すれば、ダメージはない。つまりは歯医者の治療と同じだ、手術と一緒だ。意識さえなければ、どうということはない。自我だけは守られるのだから。

 二度目の危機を前に、栗柄少年は諦めた。

 しかし、ここで嬉しいハプニングが起きる。

 またもや稲妻のような閃きが少年の脳天を貫いたのである。



 ★★★

 

 




 












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