6/11 お約束
定番にこそ活路がある。
★★☆
少年は壁に立てかけてある砂時計に目をやる。
ウルさんに尋ねると、時刻は正午、もう明日が今日に変わる時間帯であった。それよりも地下世界でもちゃんと時計があるのだと少しだけ安心していた。
「今日はこのくらいにして、もう休みましょう」
「じゃあ僕はベッドの下で隠れて寝ます。ではおやすみーー」
少年は後ろ髪を掴まれる。
「……なんですか。入れ替わりは明日にしましょう」
「じ、実は私、枕が違うと眠れないのです」
「僕は枕なんか要求しませんよ。こう見えて神経は結構太いんですから」
「いえ、その……申し上げにくいのですけれど」
ウルは落ち着きのない様子で少年を見ている。
まるで察して欲しいと言わんばかりの上目遣いに少年は後ろ髪を引かれ、もとい掴まれているわけである。
「私が申すのは、『抱き枕』です」
「だから、抱き枕なんか要りませんって」
「……、……」
後ろ髪を引っ張る力が強くなった。
「あなたの出てきたあのコロンブスの卵、あれは食品であると同時に私の添い寝役として一役買っておりました。ここまで言えば判っていただけますか?」
「つまり、僕がコロンブスの卵から出てきたから迷惑している、と?」
「ええ、ですから私。あなたのせいで抱き枕を失いました。あなたのせいで」
大事なことなので二回言われた。それ以上に後ろ髪が痛くて罪悪感など湧いてこない。そもそもあの卵をぶち破れと言ったのはたしか彼女の方ではなかっただろうか。
「私と、添い寝してくださいませんか?」
「……、……へ?」
「お願い申し上げます。この屋敷へ来てからずっと独りぼっちで……寂しかった、人肌恋しいのです、一晩だけでも構いません。どうか……」
おそらく人生初である添い寝のお誘い。
嬉しくないと言えば嘘になるけれど、少年の理性はそれを許さなかった。
「それは、無理ですよ」
「……、……っ」
「もしも二人で眠っているところを見られたら、計画は台無しですよ。取りかえしがつかなくなります」
「あ、……そう、でしたね」
ウルは少年の黒髪から手を放す。
おずおずとその場から下がると、愛想笑いを浮かべたままベッドへと歩いて行った。少年に背を向けたまま、決して目を合わせないようにウルは呟く。
「わがままを言ってごめんなさい。協力してくださるあなたの気持ちを考えておりませんでした。そう、ええそうです。私はここから出ることを最優先にしなければなりません。一時の迷いで大変な過ちを犯すところでした。ありがとうございます栗柄くん」
「……、……」
「では、そろそろ休みましょう。電気を消しますよ」
ウルはさっさとベッドに潜り込むと、照明を落とした。羽毛の毛布にくるまって、そして少年に背を向けてしまう。
少年もそれに応じるように眠ることにして。
ーーウルの被った毛布のなかに少年は滑り込んだ。
「え? な、何をなさっているのです。見つかったら台無しですよ」
「たしかに、僕もそう思いました。しかしーーー」
あなたを今のまま寝かせるわけにはいけない、と少年はついに言わなかった。
「明日から僕はウルになります。そのためにはあなたを観察しなければいけません。それには出来るだけ近付いた方が絶対にいいんです。だから今日ぐらいは同じ寝床で過ごしてもよいだろうと考えたのです」
「……」
「不満ですか?」
ウルは首を横に振った。
「いえ、素敵です。ありがとうございます」
「どういたしまして」
少年は優しい嘘しか吐かない。
自分に嘘を吐く天の邪鬼だった。