4/11 囚われの姫君。
拒否権のないお願い=脅迫。
★☆☆★
「ぶっちゃけますと私、ただいま軟禁されていますの」
思い詰めた表情で、ウルはそんなことを口にした。
たしかに思い切って言ってくれ、とお願いしたけれど、さすがの栗柄少年も彼女の軽薄さとあっけらかんとしている様に頭を抱えてしまう。
「あー、なるほど。精神的に囚わている、とか。そういう比喩表現ですね。判りますよ、誰だって社会のルールという檻の囚人ですから」
「いえ、精神的ではなく肉体的に、です」
「……マジですか?」
「マジです」
ウルはどこか誇らしげに胸を張って言ってのけた。
「ですから、私がこの部屋から逃げるためのお手伝いをしていただきたいのです」
「ど、どうして軟禁などされたのですか?」
「それは、私が逃げようとするからでしょうね」
「なぜ逃げるんです?」
「お家に帰りたいから」
ウルは一瞬だけ言葉を詰まらせたあとーー
「ぶっちゃけ私、ーー誘拐された子なのです」
胸を抉るような真実を語ったのである。
「誘拐、……って、え」
「これから話す本題はノンフィクションです。どうか助けると思って私の話を聞いてください」
ウルは至極真面目な顔つきで栗柄少年と対峙した。
その真摯な態度とまっすぐなサファイアブルーの瞳が、これから話すことに対する意気込みを彷彿させる。
彼女は目を閉じ、覚悟したかのように語る。
「むかしむかし、金髪碧眼のウルと言う少女がいました。彼女の家は一子相伝の『ある技術』を守り、後世に伝えることを使命としていました。ある日のことです。隣の領土の長ーーいわゆる王様がお嫁さんを探しているという話がウルの住む村に流れました。そしてウルは婚約者として選ばれたのです」
「すごい、ハッピーエンドじゃないですか」
「……しかし、彼女は王子の求婚を蹴りました」
「あらら、もったいない」
「ウルは長の息子の狙いが私ではなく、私の持つ『ある技術』を奪いたいがための策略結婚だと気付いていたからです。再三の求婚を断り続けた矢先、彼女はひとり留守番をしている時にーーーついに誘拐されたのです」
「長の息子は最低野郎ですね」
「いえいえ、まだ長ジュニアは登場しません」
「……続きを聞きましょう」
「私を拉致した彼らは、人さらいの連中でした。人を攫っては子のいない他人へ金銭と交換する輩です。私はすぐにどこの誰とも知らない老夫婦の元へと売却されたのです。そして私を『ウリコ』と名付けてこの部屋での軟禁生活が始まりました」
「こう言ったら失礼かしれませんけど、いい人に買われましたね」
「ところが、そうでも有りません。ここへ来て三日後。老夫婦はあろうことか『私を長の息子の妻として嫁がせる』と言い出したのです」
「……、……」
「老夫婦はウルを嫁がせることを条件に、多額の金銭を長から要求することが狙いなのでしょう。そして長は私の技術を盗みたいーー私は『機密保持』のために結婚するわけにはいきません」
「でも、教えなきゃいいじゃないですか」
「おそらく私に子を孕ませて血のつながりを作るつもりなのでしょう。そうすれば一子相伝の形式上、技を受け継ぐ権利が発生しますから。それだけは、させてはいけません。だから私はここから逃げなければならないのです」
一子相伝の技術。
それを守るため、家に帰りたいと願う少女。
どれもまぶしすぎて、少年は思わず相づちを打つことさえ忘れてしまった。
「とにかく、私の目的は話しました。あとはあなた次第ですわ」
「え?」
「私を助けるも、見捨てるもあなた次第です」
さも当たり前であるかのように、彼女は言ってのける。
「……どうして、そんなことを」
「私は悪い娘です。あなたの同情を煽るためにわざと過去の話をしました。いえ、本当はひとりで抱えているこの気持ちを支えきれなかっただけかもしれませんがーーあなたに荷物を背負わせてしまったずるい女です」
そんなことない、と少年は言いかけて黙る。
彼女の言い分、秘めたる思いには共感できるからだ。
「ですから、あなたが決めてください。私と共犯になるか。それともこのまま地上に帰るか」
見捨てるか、助けるか。
少年は天を仰ぎ、考える。この状況を打破する最善手を思考する。時間にして十秒もないであろう時の中でおもむろに言葉を投げた。
「僕にはーー帰りたい家がありません」
「……」
「だから、地上に帰ることになんのメリットも感じません」
「……、……」
「ーーですが、あなたには帰るべき家があります」
少年はウルの手を手のひらで包み込む。
「どうか、帰ってあげてください。あなたを必要としている場所へ。そのためなら僕はあなたーーウルさんの力になりましょう」
「あ、あああああ」
ウルはぽろぽろ、と涙をこぼす。
美しい瞳から大粒の涙を流しながら少年に抱きついた。よっぽど辛かったのだろう、苦しかったのだろう。さっきの選択させるところなど、身が引き裂かれるような思いから出た言葉だったのだろう。
すべての推測を確信に帰るほど、ひしひしとした抱擁だった。
「……ありがとう」
包んだ手とは違って、暖かい涙であった。