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 1/11 こうして少年は息絶えた。

 こうして少年は息絶えた。


☆★☆




  学校指定の制服、履きつぶしたスニーカー。

 わずか三枚のコイン、なんとか歩くだけの体力。

 これが彼のすべてだった。

 十五歳にして、少年は死に際に立っていた。

 否、環境に殺されようとしていた。

 家を出た理由は思い出せないーー、たしかなのは、彼が犯した過ちは大きく分けてふたつあることだ。

 ひとつは『自分がいかに幸せだったかに気付けなかったこと』である。

 食い物は少なかったが、餓えるほどじゃない。

 着るものに不満はあったが、凍えるほどじゃない。

 家に居場所はなかったが、死ぬほどじゃない。

 この局面にきて、ようやく理解した……もっとも、手遅れではあるのだけれど。

 そして、彼の最大の失策は『寒空の夜に出歩くこと』だった。

 勢いで飛び出したので暖をとるアイテムはなにも持っていない。夜道を散歩して身体を温めようとしたのだが運の尽きーーゲリラ豪雨に遭った彼は全身を水で滴らせながら、体温を奪われてしまったのだ。

 彼が感じていたのは、命の危機だった。

 未だかつてないリアルな死の予感ーーまだ死ぬな、と身体が恐怖のシグナルを送る。

 それでも、歩みをとめることはない。

「もういいよ、最期くらい……」

 他人に迷惑はかけたくない、と少年は思う。

 自分の死んだ後、このタンパク質の合成体を見た人を驚かせないためにも死に場所を選ぶ必要がある。できれば警察署の前がいいーー流石に警察官なら死体にいくらか耐性があるだろうから。

 壁に身体を預けながら、なんとか前に進もうとして。

 なにか、大きなものにぶつかったーーそのせいで尻餅をつくことになる。

「って、誰だよこんな所に……」

 変なものを置いたのは、と言いかけて少年は固まった。

 それは、粗大ゴミではなく電柱でもなく、少年が初めてみる代物だった。

 純白。滑らかな表面。真っ白で奇妙な物体を目撃する。

「……た、卵かな」

 見たまんまの、幼稚な感想を口にする。

 直立するその様子は、コロンブスの卵ーー新発見の難しさを語る上で犠牲になったゆで卵ーーに酷似していた。表面はプラスチックのように滑らかでいて力強い。ざっと見積もって人間大ほどの大きさを持っていた。

「ああ、なるほどね……ここが」

 ここが死に場所なのだ、と少年は気付いた。

 こんな変なものの中なら、気付く人も警察に届けてくれるに違いない、と少年は思う。

 家を出た行動も、夜道の散歩も、不意の土砂降りも、この高熱さえも。

 否、少年が生まれてきたのはここに辿り着くためだった、と。

「さあ、僕をーー」

 連れてってくれ、と懇願する。

 すると、コロンブスの卵は開く。

 まるで招き入れるかのように、花びらが開いた感じの形状に変わった。少年の言葉に応えたのか、また偶然だったのかはわからないーー少年は土足のまま中へと倒れ込んだ。

 卵の中はーーー充実感に満たされていた。

 ーーやっと、やめることができる。

 暖房の暖かさとはまた違う、生きているものにしかない生命の温もり。

 初めて知る死の瞬間、それは名状しがたい幸福感となって少年を包み込む。この気持ちを文字に残せないのが心残りではあるが、もう動きたくなかった。後のことはまだ見ぬ第一発見者さんに任せよう。

「それじゃあ………、そろそろ」

 逝ってくるよ、と言葉にならない声で言う。

 誰に看取ってもらうでもなく、なにを託して散っていくでもなく。

 ーー少年の物語は終わった、あるいは始まった。



☆☆☆




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