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「不思議体験とか」

 わたしの不思議体験というか、まぁそんなものを書いてみようと思ったわけです。

 色々語る前にまず言っておきますが、まずわたしは霊感とかそういうものはありませんし、幽霊そのものは見たことありませんし、というか「いわゆる幽霊と呼ばれるような現象が存在すること」は信じていても、「それがいわゆる死んだ人の魂である」ことはこれっぽっちも信じていないと言う、まあひねくれたオカルト肯定派の戯言ということで以下の文章はお読みください。

 また以下の文章は多少の思い違いや脚色はあるにしても、全てわたしが自分で体験したことで、創作ではないこともお断りしておきます。




 ひとつめ「障子の怪」。

 

 たぶんわたしが三歳か四歳くらいのころです。当時住んでいた家は、借家だったんですがとてもとても古い家でした。庭で寛永通宝を拾ったことがある、といったら古さがわかってもらえるでしょうか。何しろ窓ガラスというものが、ほぼ使われていないのです。アルミサッシとかじゃないのです。雨戸に障子、襖なのです。お風呂なんて家の外に五右衛門風呂です。流石にあとから改築されたっぽいトイレ(汲み取り式)にだけは小さなガラス窓がついていました

が。

 まぁそんな、ふるーいおうちに住んでた頃のお話です。

 当時わたしは二段ベッドの下の方に寝ていました。ベッドは縁側の方の障子に接していて、その障子にはわたしが寝ぼけて突き破ったりして、いくつかの穴が開いていたのです。


※ずれてるかもしれませんがおおまかに下のような感じです。

ベ |障| 縁 |雨| 外

ッ |子| 側 |戸| 外


 季節はいつ頃だか覚えていないんですが、ある日、ふと夜中に目が覚めました。暑いな、と思ったような記憶があるので初夏の頃だったのかもしれません。

 なんとはなしに障子の穴から足を縁側の方にひょいと突き出すと、障子の向こう側、別の穴から見知らぬ足がでてきたではありませんか。

 一番最初は、兄のイタズラかと思いましたが、ちょっと考えて、それはへんだと思い直しました。兄はベッドの上の段で寝ているはずで、わざわざ夜中に縁側の方から足を突き出す理由なんてないはずなのです。

 へんだなぁ、と思いながらわたしが足をひっこめると、同時に向こう側から突き出されていた足も引っ込みました。

 ふしぎだなぁ、と思いながら今度は左手を障子の穴に差し込んでみました。すると今度は手が障子の向こうから突き出てきました。手を引っ込めると、やっぱり突き出てきた手もひっこみました。

 おかしいなぁ、と思いながら、起き上がって障子の穴を覗き込みますが、縁側は雨戸がしまっているので真っ暗で何も見えません。部屋には豆球がついていて、暗い橙色の光で自分の手や足はなんとか見えるのですが、障子の向こうは真っ暗闇です。

 何度か手や足を出したり引っ込めたりするのですが、その度に向こう側から手や足が突き出されて、わたしはこの向こう側にはいったい誰がいるのだろう、と考えていました。

 ぴょこぴょこと突き出される手足を見ているうちに、ふと、手と足を同時にいれたらどうなるんだろうと思いました。向こうに誰かがいるのなら、両手両足を同時につきだしたりは出来ないだろう、と思って、身体を横にして自分の両手両足をぽん、と障子の穴につっこんでみたのです。

 すると、ぶわっ、といっせいに、数え切れないほどの手と足が、穴の開いていない所さえも突き破って向こう側から突き出されてきました。

 わたしは、その光景にびっくりして、泣き出して、隣の部屋で寝ていた両親の元へ駆け込みました。

「てをいれたら、てがでてくるの。あしをいれたら、あしがでてくるの。りょうほういれたらいっぱいでてくるの!」

 何度そう言っても、両親は「怖い夢をみたのね」ととりあってくれませんでした。


 翌朝、明るくなってから、雨戸も完全に開け放って障子の向こう側を見に行きましたが、もちろんそこには何もありませんでした。たくさんの手や足に突き破られたはずの障子も、最初から空いていた穴をのぞいてはそのままでした。

 未だに何が起こったのか良くわかりませんが、わたしにははっきりと起きていた記憶があるので、少なくとも夢でなかったことだけは確かです。











 まず最初に書いておきますが、「この話を聞くと××がやって来る」系の怪談が苦手な方はこの先は読まない方がいいです。別に怖い話ではないですが。

 ……よろしいでしょうか? 読んだ人のところに何かやってきても責任の取りようが無いので、苦情は一切聞きませんよ?

 あと、もう一度書いておきますが、以下の文章は多少の思い違いや脚色はあるにしても、全てわたしが自分で体験したことで、創作ではないことをお断りしておきます。


 念のため少しスペース空けときます。





















 ふたつめ「ばはされ」。


 ぐーぐるさんで調べてみると、もしかして:「ばばされ」 と表示されてしまうので全国的には「ババサレ」なのでしょう。

 どうやら割と有名なお話らしいのですが、ぐぐって見るとわかるように語られている内容がいくつもあってどれも違うと言う、本当のお話がよくわからないという困った怪談です。

 ただし共通しているのは「この話を聞くと何かが聞いた人の家にやって来る」「もしやってきたら呪文を三回、つまらずに唱えると助かる」というところです。

 怪談を比較検証するのが目的ではありませんのでわたしが聞いた話だけをここに書きます。



 わたしが通っていた小学校から見える山、仮に××山としておきます。この××山に、地元の高校生が五人で登って頂上付近でキャンプをしたそうです。夜、ポーカーをしながら一人が「ばはされって知ってるか?」と仲間に聞きました。「この話を聞くと、三日以内に殺しにくるんだって」「えーまさか。そんな怪談信じるやついるかよ」仲間は誰も信じませんでした。

 数日後、高校生は五人とも首を絞められた状態で殺されているのが発見されました。

 ……さて、あなたもばはされの話を今聞いてしまいましたね? 今日から三日以内にあなたの首を絞めに、ばはされがやってくるかもしれません。

 殺されたくなければ、三日以内にこの話を知らない三人に同じ話をしてください。

 あなたの家の窓を三回叩く音がしたら、それがばはされです。もしばはされがやってきても、「ばはされ、ばはされ、ばはされ」と三秒以内に三回「ばはされ」と唱えれば助かります。



 昔の話なので一言一句同じではありませんが、内容としては上記のようなものでした。

 わたしの通っていた小学校では「ばはされ」という名前で伝わってきましたが、最後に唱える呪文の内容が「婆去れ(ばばされ)」という意味らしいので、「婆去れ」を「ばあされ」と読んでしまってそれが「ばはされ」に転じたものではないかと思っています。

 口に出して言えばわかりますが、「ばはさればはさればはされ」って三回つづけて言うと、「ばあされ」って聞こえるんですよね。

 全国的な怪談では「鎌を持った老婆が首を斬りに来る」お話らしいのですが、わたしの聞いた話は「姿を見た人は皆殺されているので正体は不明」「首を絞められて殺される」という物でした。

 しかし、先に書いたあらすじを見てもらえればわかるように、前半部分にまったく意味がありません。ばはされに殺されたかどうかすら不明でただ死んだとだけ。わけわかりません。

 三人に伝えろというところもチェーンメールみたいな感じだし、非常に作り話っぽいなー、とこの話を聞いた当時は思ったものです。なので当然、わざわざそんな怪談を広めるようなマネもせず、誰にも話したりはしなかったのです。

 ……で、ここまで引っ張ればおわかりでしょうけれど。

 来たんです。その、「ばはされ」。うちに。

 ぴったし三日め。ほぼ話を聞いたのと同じ時間に。まぁ、学校で聞いたのでお昼過ぎだったわけなんですが。

 学校が半日で終わって、家で一人で縁側に転がって絵本読んでいたのですが、ふいにすっとまわりの音が消えて、アルミサッシの窓を「コン、コン、コン」と何か木で出来た杖のようなもので叩く音が聞こえたのです。

 さーっと血の気が引きました。窓の外は明るかったのですが、誰もいるようには見えませんでした。慌てずに呪文を三回言うことにはちゃんと成功したのですが、しばらくはその場から動けませんでした。


 翌日、ホントに来ちゃったから、しょうがないので今更ながら「ばはされ」のお話を広めることにしました、流石に最初に聞いた話はあんまりだったので、内容を作り変えて(笑)、4人の高校生がいて、ひとりだけが呪文を知っていたので助かった、という話にしました。

 ついでにこの怪談の出所はいったいどこなのかと、尋ねて回ったら、一番最初にわたしにこの話をした友人の、友人のお兄さんかお姉さんが就学旅行で行った先で聞いてきた話らしい、ということがわかりました。××山とか地元の高校生とかの下りは友人の友人の脚色だったらしいです。




 さてさて。作り話とわかっていて、それでもわたしのところにやって来たアレはいったいなんだったのか。今でもさっぱりわかりません。










 みっつめ「山の怪」。


 わたしの父は山登りが趣味で、小さい頃はよく一緒に連れて行ってもらったものでした。

 ある山に家族そろって登り、その帰り、下山したときのことです。

 父と兄はどんどん下っていってしまうのに、妹が疲れて歩けないとだんだん遅れるようになり、母が妹に付き添って遅れ、わたしはのろのろ進まない妹達を待つのか、それとも先に行った兄達を追いかけるのか、どうしようかと迷っていました。

 ついには座りんでしまった妹にイライラして、兄達を追いかけようと、「先に行くね」と母に声をかけて、てくてく歩き出したのです。

 少し歩いて振り向くとまだ妹は座り込んでしました。先に行った兄達の姿は見えません。

 もう少し歩いて振り向くと、さっきまで見えていたはずの妹達の姿が消えていました。

 兄達の姿は見えません。妹達の姿も見えません。

 きゅうにひとりぼっちが寂しくなって、怖くなって、妹達を少しまとうとその場に立ち止まりました。しかし、五分ほど待ってもやって来る気配がありません。「おかーさーん?」と大声で呼びかけても返事はありません。二十メートルほど駆け戻って呼びましたが、返事はなく、姿も見えませんでした。

 一本道です。迷いようもありません。怖くなったわたしは、お母さんがいなくなったと父に言わなければならないと思って、先に進むことにしました。

 走っても、走っても、兄達の姿はみえませんでした。

 他の登山客の姿も無く、山の中で、たった一人です。

 そのうちに、バラバラと雨が降ってきました。

 寒くて、悲しくて、わたしは泣きながら歩きました。

 どれだけの時間がたったのかはよく覚えていません。気がつくとわたしはトロッコ道を歩いていました。行きに寄った山小屋が見えてきて、駆け込みましたが、兄たちはいませんでした。

 先に山小屋で休憩しているおじさんたちがコーヒーをいれてくれて、飲んで温まっていると先に行ったはずの兄達が山小屋にやってきました。

「あれ、なんでお前が先についてるの?」兄はわたしの顔を見て首を傾げました。

 一本道です。追い越しても追いついてもいません。

 兄によると、誰にも追い抜かされてないし、雨も降らなかった。わたしの声も聞いていないとのこと。

 三十分ほどして妹と母も山小屋にたどり着いて、それからまた下ろうとしてそこでふと奇妙なことに気がつきました。父が行こうとした道は、わたしが泣きながら登ってきた道だったのです。

 非常にわかりにくいので簡単な図を書いてみました。


B(頂上側)

道      C

道 山小屋  道

道道道道道道道道


 頂上を目指した時には、AからBの方に向かって進んだのです。下山する時には別のルートで、Cから山小屋の方に降りてくる予定でした。実際、兄達や妹達はCの方から山小屋に降りてきました。でも、わたしは登った時と同じように、Aの方から山小屋にたどりついたのです。

 何度も言いますが一本道でした。わたしは、いったいどこをどう通って山小屋にたどり着いたというのでしょう?

 Aの方を麓に向かいながら、もしかして獣道でもあるんじゃないかと目を凝らしながら下山しましたが、そんなわき道はありませんでした。


 神隠し、とか、天狗?とか、そんな言葉が思い浮かぶ、不思議な思い出でした。




 これにて不思議体験語り終了いたします。


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