夙川綾子という女
決戦は3週間後の生徒会総会。そこで、新・生徒会役員選出の演説と投票が行われる。
時間が無い。こちらの知名度はまるでなし。相手の知名度は限りなく百に近い。天と地ほどの差がある。となれば、早く行動を起こして精力的に活動するしかないのだが。
「めんどくせ……」
「何言ってんだコルァ!」
その日の夜の電話越しで思わず怒鳴ってしまった。
「だって別に勝たなくてもいいんでしょ? じゃあ演説だけはやるからさ、そんな草の根運動的なことしなくてもいいじゃん」
「それじゃあ勝てないでしょうが!」
「だって勝たなくていいって、さっき」
「うるさいうるさいうるさい! なんとしてもあの夙川真綾に勝つのよ! 負けたらどんな仕打ちが来るかわかったもんじゃないわ。……それにあの女には私怨もあるし」
私怨というのは、私が小学生のときのことである。
――あの日、私はなぜかクラス委員長に推薦された。たまたまその日に限って、あの夙川真綾は欠席だったのである。ならばその代わりということでクラス委員長に抜擢されたのだが、その後がひどかった。
無くなる学級日誌、急にクラスでいじめが起こる、先生からの伝言が伝わってこない、配らなければならないプリントがグシャグシャにされている、などなど。一体、誰がこんなイタズラをするのかと真剣に悩んだ。その結果、エサを撒いてチエと二人で犯人探しを始めることにした。
エサは単純に、集められた宿題を先生の机に持っていく前に、少し目を離したフリをするだけ。今までの傾向から、犯人がここを狙わないわけがないと思った。
そして、誰かがその宿題の山に近づいていくのを見た。その手には怪しげな液体が。間違いなく、そいつが犯人だと確信した。そして、後ろから羽交い絞めにして捕まえたところ、そいつはあまりにも意外な人物だったのである。
成績優秀、運動神経抜群、いつも優しく、そしてどこか気品のある物腰。その日欠席さえしていなければ間違いなくクラス委員長になっていたであろう、夙川綾子だった。
バレた夙川は開き直って、今までの悪事は全て自分がやったことだとゲロしたのである。ここまでなら、先生に報告すれば全て事足りると思っていた。しかし、そうはならなかった。
先にも言ったように、彼女は完璧な存在と言ってもいい。そんなヤツがまさかそんなことをするわけがないと誰しもが思う。そして、そのとおりになった。
その後、学期が変わり、新しく選任されたのはあの夙川綾子だったことは言うまでもない。
それから、私とチエは彼女を注意深く観察することにしていた。すると、出てくる出てくる悪事の数々。それは年を追うごとに過激になり、最近では、その容姿を活かして男を手玉に取るやり方が主流のようだ。なんて、うらやま……卑劣な。
「ふぅん、それでユキはそのなんとか川か嫌いなのか」
「嫌いというか倒すべき敵ね。ねぇ、協力するついでだと思って。ね?」
「でも、俺のその大目標の『友達作りたい』なんて一言も」
「シャーラップ! ねぇ、もし協力してくれたら付き合うって話、考えてみてもいいわよ?」
「マジで!? じゃ、じゃあ少しがんばってみようかな……」
これが男を手玉に取るってやり方か。すごく気持ちが良い。
「なら、明日からさっそく作戦開始ね。くれぐれも相手の妨害には気をつけてね」
「で、俺は何すればいい?」
「そうね、とりあえず……」
その日は遅くまでチエと二人で話し合った方法を、トキトに伝えていった。
※※※※※※※※※※
「「お願いします!」」
三人で生徒会室へ出馬の意向を記した用紙を提出する。一人だけ寝ているように見えるのは気のせいということにしておこう。
「たしかに受け取りました……しかし、まさか他に立候補者がいるとは思いませんでした。夙川さんだけとだと思っていましたので、信任投票になるのかと思っていましたが……これで少しはおもしろくなるかもしれませんね」
三年の現・生徒会長はおもしろがっているようだ。まぁ、たしかにこれから受験勉強を本格的に始めなくてはならない3年生にとっては残り少ない大きなイベントだ。楽しまないほうが損というものである。
「それで、どちらの方が立候補したのですか?」
と、私とチエの両方を見て言う。
「いえ、立候補者は私たちではなくて、この寝ているようにしか見えない如月くんです」
バーンと前に押し出す。首から先は下を向いてしまっているが、この際どうでもいい。
「は……はぁ、いいんですか? なんかやる気なさそうに見えますが」
「陽が落ちてくると元気になるヤツなんで、ご心配はいりません。それより少し聞きたいことがあるのですが……」
「えぇ、何でも答えましょう。正直な話、夙川さん相手ではかなり難しいと思うので、ここは、よりおもしろくするために大サービスしてあげます」
「ありがとうございます! では、ゴニョゴニョ……」
私とチエと生徒会長の三人であれやこれやと密談をする。
「「失礼しました!」」
聞きたい情報をいくつか聞いて、生徒会室をあとにする。ちなみにトキトはいまだに寝ているようだ。
「よっし、これで準備は万端。やってやるだけね。見てなさいよ!」
「誰が見てればよろしいですの?」
「もちろん、しゅくが……」
いや~な汗が背中をつたう。振り向くと、仇敵がニコニコしながら立っていた。