ペア・イン・カフェ
放課後になって、指定されたカフェに来た。
甘いものが苦手なので、ブラックだけ頼んで席に着く。
「はぁ……」
ため息をつく理由は多々ある。まずは、この雨。お昼まであんなに晴れていたのに、学校を出るときになってから降りだした。天気予報のうそつき。
カランカラン。
それから、今入ってきた男。いきなり結婚しようとか、吸血鬼だとか、拉致未遂(?)とか、一気に情報を叩き込まれて、正直うんざりしている。しかも、これからまた話があるという。
「待った?」
そんなカレシの定型文を使うな。
「ううん、今来たところ」
私も定型文で返してしまうので何も言えないが。
「ちくしょう、いきなり降ってきやがって。おかげで爺を呼ぶハメになって遅れちまった」
「車で来たの?」
「あぁ、俺らは雨に弱いからな。できることなら濡れずに来たかったからね。どうせなら、ユキも一緒に乗ってけばよかったのに」
勘弁して欲しい。学校の前で一緒の車に乗り込むなんてことしたら、間違いなく誰かに見られるだろうし、それから噂が広まってしまうこと請け合いだから。女の情報網と捏造スキルを甘く見てはいけない。
「それで、話っていうのは? あんまり長くいることできないから、できれば手短に。……ったく、こないだのせいで早く帰らなくちゃならなくなったのよ、ブツブツブツ……」
小声で少し愚痴を吐いてみる。
「そうなんだ。じゃあ単刀直入に」
そんな愚痴をまったく意にも介さず、話を続けるトキト。
「俺とお付き合いしてくれませんか?」
「ブフゥ!!!」
口に含んだブラックが逆流してきた。待っている間に冷えていたのが幸いだった。
「な、な、なにを言い出すかと思えばまたそんなことなの!?」
「イヤイヤ違うって……」
「またどこへ付き合えって言うの? ダメよ、最低でも今週は早く帰らなくちゃならないんだから!」
そうしないと今月のお小遣いが0になる危機なのだ。まだ欲しい小物が買えてないのに。
「イヤ、だからそういう意味じゃなくって」
「じゃあどういう意味なのよっ!」
「俺の彼女になってくれませんか?」
「…………………は?」
えーと、なんの話だっけ? もう一度整理してみよう。私が、如月時人の、彼女に、なる?
「返事はいつでもいいから、それとこれ、俺のケータイ番号とアドレス。気が向いたら連絡してよ。できれば夜中に」
「ちょっと待って、まだ混乱中なの。一気に情報を流し込まないで」
「時間かかりそう?」
手で合図する。
「それじゃ、すいませーん俺、カフェオレのカフェ抜きで」
おととい、コイツは私を花嫁だと言った。それを私は断固として拒否した。うん、そこまでは理解した。
それから、さっきは付き合ってと言われた。おとといのようなどこかへ付き合ってという意味ではなく、彼氏彼女になりませんか? という意味で。なんかおかしくない?
「えーと、なにから話せばいいんだっけ? そうだ、おととい、私ってあなたのことフったでしょ?」
ストローをガジガジしながら、うんとうなずかれる。
「それで、今日は付き合ってくださいって彼女になってくださいって意味で言ったんだよね?」
ズゾゾゾともうなにも入っていない容器を吸いながら、うんとうなずかれる。
「じゃあ答え出てるじゃない」
トキトはハッとしてストローから口を離す。
「付き合ってくれるの?」
「なんでそういう答えになるのよ。答えはノーに決まってるじゃない」
「えー、なんでよ? だって、別に結婚しようって話じゃないんだよ?」
意味のわからない論理を振りかざすトキト。
「だって私、アンタのことほとんどなにも知らないし、しゃべったのだっておとといが初めてだったじゃない!」
「時間とか関係ないでしょ? それに俺のことだったら色々知ってるじゃん。アレとかコレとかソレとか」
多分、アレとかコレとかソレっていうのは吸血鬼のことだとか、お屋敷に住んでるだとかのことだと思う。
「ね、だからこれから知ってけばいいじゃん。色々教えて欲しいんだ。この街とか来たの今年のことだから全然知らないし、俺はユキのことなんにも聞いてないし」
「知らなくていいわよ! 街だったら車で走り回ればいいじゃない。昼間じゃないとなにもないけど」
「だって不公平じゃん」
「なにが?」
「俺のこと聞いてきたくせに、自分のことしゃべらないなんて不公平だよ」
小学生でも言わないようなことを言い出す。でも、たしかにそうかもしれない。隠そうと思えば隠すこともできたのに、聞くことには全部答えてくれた。
「でも、私のことなんて聞いても楽しくないわよ?」
別段、楽しい人生を歩んできたってわけでもないだろうし、ごくごく普通だったと思う。実は吸血鬼でーすなんていうビックリドッキリ展開なんかもあるわけない。
「俺はユキのことならなんでも楽しく聞けるよ」
キラキラした笑顔を見た。ちょっとドキっとするからやめて! 牙がなんか八重歯っぽく見えてそれはそれでGOOD! ってそうじゃなくて!
「く……と、友達からじゃダメ?」
折れてしまった。無茶苦茶なことを言われている気もするけど、そんなまぶしい笑顔を見せられたら、誰でも折れるような気がする。普段からなんの表情も見せないヤツのだから余計に。
「わかった。それじゃあ友達からで」
手を差し出してくる。あぁ、握手しようってことね。そう思って、私も手を差し出した。
すると、急にグッと引っ張られ、手の甲にキスされてしまった。
「う、は? え?」
「それじゃ、またね。ちゃんとケータイかけてよ!」
そう言って、呆然とする私を置いて、店から出て行ってしまった。
残された私は、周りの客から奇異の目で見られることに我慢が出来なくなって、足早に店を出た。