日常風景と手紙
まだ太陽が山際から少し顔を覗かせているだけの時間。
老執事が運転する、やけに高そうな黒塗りの車で家まで送ってもらった。
「それじゃあ、また学校でね」
「今日は日曜よ」
「あぁ、そうか、失念していました。俺としても昨日、今日と中々にジェットコースター気分でしたからね。それでは、また月曜に」
走り去っていく車を見送りながら、これまでのことなんかより、両親になんて言い訳しようかを考えていた。
※※※※※※※※※※
「……おはよ」
「どうしたの元気ないじゃん」
「昨日、お父さんにこってり絞られてね」
目の下にクマができるくらい疲れ切った顔をカガミでみたときは、学校を休もうかとすら思った。さよなら、私が唯一誇れる皆勤賞とか真剣に考えてしまった。
「なにかあったの?」
「あぁ、ちょっと朝帰りしちゃって」
「朝帰り!? もしかして男でも……できるわけないか、土曜だって一緒に買い物行ったくらいだし」
それをはるかに凌駕する事態が起きてましたよ。
ふと気になって、トキトの席を見ると、いつもどおり突っ伏して寝ている姿がそこにあった。なんとなくああいうことがあった後、急に話しかけてきたりするかもとか思ったけど、そうでもないみたいだ。
もしかしたら、吸血鬼だからやっぱり太陽に弱いのかもしれない。
普段どおりに時間が過ぎていって、今はお昼も回って、5限目の世界史の授業中。
「あーこのようにして、ヴラド3世はルーマニア独立のためにオスマン帝国と戦った英雄として、近年ではその評価が変わっている」
午後の陽気と教師の薀蓄でウトウトし始める時間。とかくお昼ご飯の後の授業は眠いものが多い。これが体育とかだったらそうでもないのだろうけど、座学、しかもこれから先なにに使えるものかわからない、つまりはどうでもいい授業だから余計にダルい。
「あれ?」
眠ろうとして、机の中から枕代わりの大きな教科書を引っ張り出そうとしたときなにかが落ちるのが見えた。小さな紙が落ちたようだ。拾い上げてみると、丁寧に折りたたまれた、ノートの切れ端だった。
中学くらいまでこういう手紙を友達とよく回していたのを覚えている。他愛のない内容だったけど、それが回ってくること自体が友情の確認というか、そういう交流の仕方だった。今では、ケータイがあるからそういうことをしなくなってしまったけど、今でもこうやって手紙ってところにこだわりを持っていてやっている子もいるそうだ。
広げてみると、丁寧な文字列が羅列されていた。
『雪へ
ハロー元気ー? 俺には今日の太陽はキツすぎるよ(笑)
それはそうと、少し話しをしたいから放課後、時間を作ってくれないかな?
時人』
トキトからの手紙だった。そういえば、ケータイ番号もアドレスも交換していなかった。これ以上、関わり合いにならないかもとか思ったし、なにより、吸血鬼ってケータイ持ってるのかという疑問もあったからだ。
出されたからには返事を書くのは、現代に生きる人として当たり前の行動だとも思うので、いそいそとノートを破った。べ、別にちょっと嬉しかったとかそういうわけじゃないんだからね!
……不毛なツンデレ再び。
『トキトへ
こっちはあったかすぎて眠いよ~。
放課後の件、了解しました。
ユキ』
なんとなく返事を書いてみたが、昔どんな風に書いていたか忘れたのもあって、なんだか変に固い文章になってしまった。女の子同士ならもっと砕けた文章書くんだけど、男の子相手に出すのは実はこれが初めてだった。
「う~ん。もうちょっと砕けたほうがいいかな? 『わかったよ~』とか『オッケー!』とかのほうがいいかな?」
試行錯誤しているうちに、あまりにもバカらしいことに気がついた。これ、なんとなくラブレター書いてるみたいじゃん。
昔、昔に一度だけ書いたことがある。好きだった先輩になんとか読んでもらおうと、一晩悩んだ。推敲しているうちに夜が明けてしまって、顔を洗ってからもう一度文章を読み返したら、顔から火が出るほど恥ずかしい文章になっていたので、破って捨ててしまい、結局出さずじまいだったのを思い出した。
「なんでアイツにそこまで考えなくちゃならないのよ!」
小声でつぶやいて、もうこれでいいやと丁寧に折りたたんだ。
そして、いざ渡そうとしたときに気づいた。私とアイツの席って結構遠いじゃん。
席が遠いということはその間の人たちに回してもらうしかない。ということは私が、トキトに手紙を出すということが周囲にバレてしまうということだ。なんとなくそれだけは避けたい。多分、アイツは休み時間にでも、この手紙を私の机に入れたんだろう。私もそうしよう。
と、なんだか授業よりも集中した時間が長かったせいか、眠たくなってきた。