彼のパーソナリティ
目覚めると、暗い闇が広がっていた。
二度目? 夢? でも、このベッドは知らない。自分のベッドではないようだ。あまりにもフカフカすぎる。てことはここはどこか知らない場所っぽい。
「ふぅ、これでやっと普通にしゃべれる」
声がした。誰かいるようだ。
「家の誰かが近くにいると丁寧な言葉を強要されるからな。ったくなにが貴族だってんだ」
何事か愚痴っているようだ。そんなことより、ここがどこかハッキリさせたい。身を起こす。
「目が覚めたかお姫様。別にキスもしてもいないのにな」
「オ……キサラギくん?」
「トキトでいいよ。ここは俺の家……ってのは説明したか。ここは客間だよ」
あぁ夢じゃないんだなってことがわかってしまった。ここはオオカミくんの家。そして、さっき見たこととか聞いたことが現実だったみたいだ。
「一応、今はまだ夜明け前だから親父や母が起きているから、できるだけここから出ないでくれ。見つかったらなにされるかわからないしな。血でも吸われたらたまらない」
「そ、それより。ほ、本当に吸血鬼……なの?」
なによりそれを確認したかった。今まで、漫画やドラマ、映画でしか見たことのない架空の存在が、こうして目の前にいるかもしれない。もしかしたら、オオカミくんが私を担いでるだけかもしれない。焦燥と逃げ出したい気持ちと泣きたい気持ちがごちゃ混ぜで、もうなにも考えたくない。でも、これだけは確認しておきたい。
「残念ながら、俺は吸血鬼、『ヴァンパイア』だよ。確認するってんなら、雪のその白い首筋を差し出してくれれば、すぐにでも」
もうあきらめるしかないみたいだ。目の前にいるのはヴァンパイア。それは揺らぐことのない事実だということを受け入れる他ないみたい。
「わかったわ、それはともかく、いいから早くここから出して。家に帰らせてよ」
「だから言ったろう? 今はまだ夜明け前だ。屋敷の中を雪が歩くのは危険すぎる。太陽が昇ったら、家まで送り届けるから、それまで俺の相手にでもなってよ」
「はぁ……はいはい。もうどうにでもしてちょうだい」
やけくそだった。どことも知らぬ場所に閉じ込められ、ちょっと前までしゃべったことのないクラスメイトと、しかもそいつは人間じゃないときた。あまりの急展開にここまでついてこれた自分を褒めてあげたいくらいだ。
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「で、トキトくんの話聞きたいんだけど」
「俺? 俺の話かー。なにがいい?」
「とりあえず履歴書みたいな感じでいいんじゃない?」
「アハハ、履歴書ってなんだよ」
オ……トキトくんは、私が座るベッドの前に腰掛けて、牛乳を飲みながら、質問に答えてくれた。
「名前は如月時人。こっちの名前は、トキト・ヴォルフガング・フォン・キサラギ。年は多分雪と同じくらい。住所はここ。趣味は読書、今は祭州学園二年生ってところかな。あ! そうそう、新城雪さんの旦那候補です」
「ちょ、勝手に決めないでよ!」
ハハハと笑いながら、そんな冗談を付け加えてきた。そういえば、そんな設定もあったことを思い出した。
「それで、なんであんなことしたの?」
「花嫁披露のこと? あぁあれはなんていうか慣習みたいなもんで、俺の一族は成人になったと同時に結婚しないとならないんだ。あれは、それに向けて、相手がいますよっていう報告みたいなもん。俺からしたら、今はまだそんなことしたくないんだけど、周りが頭の固い連中ばかりでうるさくてな」
「なんで私を?」
「だから、相手にすっぽかされたから仕方なく目の前にいた雪を……」
「そんな目の前にいた、ただのクラスメイトをそんなとこに連れてくなんて頭おかしいんじゃないの?」
たまったもんじゃない。ちょっとだけって言ったのに、好奇心は猫をも殺すってのは本当なのね。
「イヤ、でも雪じゃなかったらあきらめてたよ。だって好きだもん雪のこと」
「なっ! はぁ!?」
ボフッと湯気が出てしまうくらい赤面してしまうのと同時に、怒りがこみ上げてきた。なんでこんなに軽いのよ、この男は。
「あんたって見た目以上に軽いヤツだったのね」
「よく言われる」
カラカラ笑うトキトは、やっぱり同い年のただのクラスメイトにしか見えなかった。印象は大分変わったが。
「それからこれは言っておかなきゃな。このことは二人の秘密。もし、バラしたら首筋に歯、突き立てちゃうから」
「バラそうにも誰も信じないわよ、多分」
多分と付け加えたのは、オオカミくんにはあまりにも謎が多すぎて、もしかしたらそんな秘密があっても別段、不思議でないと思う夢見る乙女がいるかもしれないから。
「よし、それじゃ、そろそろ大要も昇る頃だし、家まで送っていくよ」
そう言って、手を出してきた。
それを無視して、乱れた髪と服を直して立ち上がる。
「あら、つれない」
「別にトキトとは結婚する気もないし、これからもただのクラスメイトだから。つなぐ義理なんてないわよ」
「一応これでも、名家の生まれだから紳士的な振る舞いは小さいときから教え込まれたんだけど、実際には上手くいかないもんだな」