オオカミくんの正体
凍りつく。
なんだって? 私が? オオカミくんの? お嫁さん? なんで?
思考停止。
「申し訳ございません。今宵、皆様にお知らせすることを彼女には伝えていませんでしたので、動揺させてしまいました。落ち着くまで時間をいただきたいので、その間しばしご歓談ください」
「……大丈夫か? すまん、いきなりで驚かせてしまったかもしれない。済まないが、そういうことだ」
その言葉に思考能力が回復した。
「済まないことってどういうことよ! 誰が! 誰の! 花嫁だって!?
キミが? オレの? 花嫁? ふっざけてんじゃないわよっ!」
指先だけで確認作業を行われる。
「大体、アンタとしゃべったことなんて今日が初めてよ! なんで、そんなヤツとそのけけけけ、結婚! するハメになるのよ」
大事な部分だけ小声になってしまった。
「キミが目の前にいたから。都合よく現れてくれたから仕方ないじゃないか」
「なっにが仕方ないよっ! 相手待っててフラれたから、代わりに私? バッカじゃないの!?」
そこまで言って、置いてあったオレンジジュースを飲み干す。
「はぁはぁ……帰るわ」
「待ってくれよ。形だけでいいんだ、せめて、この場だけでもいてくれないか?」
「知らないわよ! ていうか外人だったのあんた? なにあの名前。まぁ、いいわとにかく帰」
目の前が真っ暗になった。立っていられない。膝からカーペットに崩れ落ちる――。
――最後に見たのは、私を抱えたオオカミくんだった。
※※※※※※※※※※
夢を見た。
純白のドレスに身を包む私。周りにはクラスメイトの顔、顔、顔。みんな祝福しているようだ。誰を? 私を? そして、横を向くと――!
「はっ! あれ?」
腕が動かせない。なにか堅いものが私の腕に絡み付いている。これは……鎖?
「目が覚めましたか?」
カチャっとカップを置く音のするほうへ首を向けるとオオカミくんがいる、のだが。
「なに、その格好」
黒いタキシードにマント、それから白いシャツ。まるで吸血鬼みたいな。
「ってか、外しなさいよっ! これっ!」
ガシャガシャと鎖を引っ張ってみるがびくともしない。まるで囚われてしまったようだ。まるでというか本当に囚われてしまっているのだが。
「起きてすぐに暴れられても困りますので、この部屋にはあぶないものがたくさん置いてありますから」
だんだんと目が暗闇に慣れてくると、周りの状況がわかってくる。なにあのトゲトゲ。教科書の資料集に載ってたような拷問器具みたいな。
あちこちを眺めている間に、オオカミくんは鎖の鍵を外してくれた。
「暴れたりしないでくださいね。できれば騒いでもらいたくはないので」
私もこんな得体のしれない場所で暴れることもしたくないし、なによりまだその気力が湧かない。
「ここどこ?」
「俺の家の地下です。パーティは中止にして、一旦、お開きになりました。まさかジュースにクスリを盛っていたとは……ウェイターはいつものヤツだと勘違いしてしまったみたいですね」
あのジュースになにか入っていたのか。それはともかく。
「いつものヤツ?」
「あ、あぁ、見ての通り、俺は吸血鬼だから、たまに血を吸いたくなったときは女性をああやって寝かせてから」
「きゅ!?」
思考停止再び。それから本能のまま逃げるように部屋の隅に。
「気づかないのか……やっぱりこの格好だけじゃ判断つかないよな。もっとそれらしい服を着たほうがいいのかな?」
イヤイヤイヤイヤ冗談でしょう? それって今流行りのコスプレってヤツだよね?
「あぁ、それから雪さんの血はまだ飲んでませんから」
イヤイヤイヤイヤそういう問題じゃないから! いつの間にか名前で呼ばれてるし!
そっとこっちへ向かってくるオオカミくんはその名に違わず、たしかにオオカミに見えた。けど、たしかオオカミ男って吸血鬼の敵じゃなかったっけ?
「ひっ!」
「そんなに怖がらないで、別に取って食おうってわけじゃないんだから」
「き、キバ! キバ見えてる!」
口から長い犬歯が見えている。あれがいわゆる吸血鬼の証である牙ってヤツなのか。
「ふぅ……仕方ありませんね。今日は客間でお休みください。詳しい話は明日にしましょう。セバスチャン!」
キィキィとコウモリが飛んできた、と思ったら、いつの間にかそれは老執事になっていた。あぁ、いよいよもって私の脳は完全にショートしてしまったらしい。夢オチを期待するしかない。おやすみなさい。
「気絶してしまった。セバスチャン、彼女を客間へ。くれぐれも丁重に」
「わかりました、お坊ちゃま」