対峙と二つのサプライズ
んで、月曜日。
あっという間に授業が進んでいき、今は放課後。ドキドキしながら、待ち合わせ場所にいる。
これから、敵の総大将と世間話なんて重大? な使命を負っている私は、王様に世界を救えと十六歳の誕生日プレゼントに告げられた勇者に似ているかもしれない。
「お待たせしました、新城さん。それで、用というのはなんでしょう? こちらも本番一週間前ですから、忙しいのですけれど……」
来た。いつもどおり、皮肉混じりの挨拶で登場する姿は、まさしく大魔王のようだ。
「こないだは夙川さんから話を持ってきたので、こちらの話を聞く義務はあると思うのですけれど?」
上手くはないが、こちらも応戦してみる。
「はぁ……言い返す時間ももったいないので、手短にお願いできますか? あぁたしか、これはあなたがこの間、私に言った言葉でしたわね」
む……。そういえば言った気がする。イヤイヤ、今はそんなことじゃなくて、世間話、世間話。
「ど、どうよ? 最近」
「いきなりなんですか? 別にどうということはありませんが、そうですね……潰しがいのある敵が現れた、くらいでしょうか?」
フフッと鼻で笑いながら、近況について語る。潰しがいがあるのか、私たちは。それはそれは、光栄でございます。
「そういや、最近、夙川さんの取り巻きから嫌がらせを受けたんだけど……」
ちょっと口撃してみる。
「そんなこと、私には関係のない話だわ。取り巻きとはいえ、人間ですもの。嫌いな人間に嫌がらせなんて、しょっちゅうあること。それがたまたま私の友人だけだったの話でしょう?」
むぅ……。そう言われては、こちらも夙川に対してこれ以上言う事はできない。
「ま、まぁ、それなら仕方ないわ。それは置いておいて、このチラシ。ずいぶん、強引な手に出たわね」
おととい、おじさんからもらった値引きの紙をヒラヒラさせる。
「それも、私が純粋に部活動をしている生徒の方々への、感謝の意を表しただけですわ。他意などあろうはずもないわ。なに、こんなことを言うために私を呼び出したの? つまらない。あぁ、つまらない。私、新城さんのことを買いかぶっていたようだわ。もう少し、おもしろい人間だと思ったのに」
そうして、ずいっと一歩前に出てくる。近くで見ると、なんて威圧感のある姿なのかしら。その瞳は、人を屈服させ、従属させるだけの力があるようだ。
「……ただ、そうね。あなたのその身体に流れるものだけは興味があるわ。昔からそう……いつもいつも、私の周りをうろちょろして、その香りを嗅がせる」
「な、なんのこと?」
なにかイヤな予感がする。身の危険を感じるなにかを。
「ふふっ。あなたは知らないかもしれないけど、この世の中には、人の血液が大好物なものがいるってこと。その白い首筋に牙を突き立てて、赤い液体を啜ることをどれだけ夢見たことか……」
「う、嘘!? あなた、もしかして……」
人の血液が好きで、牙を持つ。そんなヤツが、私の身近にもいる。
「あら、知ってたの? そう、吸血鬼ってヤツよ。私はヴァンパイアっていう名称のほうが好みだけど」
なんてこと……! まさか、身近に吸血鬼がもう一人いるなんて。
「普通の人間の血なんて吸いたくもないけど、あなたは特別。もっとずっとワインのように寝かせてから飲みたかったんですけれど……」
「ま、まさか、アンタ!?」
「頂いてもよろしいかしら? あなたの血」
さらに近寄ってくる夙川綾子。この恐怖はついこの間経験した。今回は宣言されているから余計に怖い。
イヤ! イヤイヤイヤ! こっち来ないでっ!
「痛っ!」
後ずさりをするうちにしりもちをついてしまう。逃げられない!
助けて! 誰かっ! 誰でもいい! ここに来るだけでいいっ!
どんどん夙川の顔が近づいてくる。思わず目を瞑る。そして、首筋に口をあてがおうとするのが吐息でわか――。
「……なにこれ? あんた……まさかもう、他のヴァンパイアの物なの?」
え? どういうこと? 噛まれてない? 吸われてない? 他の?
混乱し始める。情報は一個ずつっていつも言ってるじゃない!
「ちっ、こんなことなら早くしておけばよかった。まさか、他にヴァンパイアがいるなんてね」
「俺の姫になにするんだ? 下衆」
「え?」
見上げると、トキトがいた。その姿からは、さっき見た夙川の威圧感などまるで赤子のように思えるくらいのプレッシャーを感じる。
キラキラ光る金色の瞳。口から覗くするどい牙。伸びた爪。いつものトキトからは想像もつかないほどの真っ黒な闇。
「あなたは……まさかあなたも私と同じ種族だなんてね。なるほど、これはアンタのものってことね」
「貴様、誰に向かって口を利いている。俺の名前はトキト。トキト・ヴォルフガング・フォン・キサラギ。貴様のようなヤツとは本来なら会うことすら許されない」
「キ……キサラギ!? キサラギってあの……!」
「余計な口を利くな。わかったらとっとと去れ。それから、この学園を自由にするのは構わないが、お前の温床にするのはやめろ。……もっとも、お前も普通のヤツの血など吸わないだろうが」
「そ、それってどういうこと?」
なんとか言葉が出てくる。
「俺はこの学園の支配など興味ないし、好き勝手にすればいい。俺が欲しいのはコイツだけだ。生徒会長でもなんでもすればいい。――俺は今回の選挙を辞退する!」
沈黙が空間を支配する。
突然の選挙棄権宣言。
――え、えええええええええええ!!!!!