協力者と答え合わせ
頭を捻る私とチエをあざ笑うかのような思いがけない難問。
そんなこんなしているうちにトキトが戻ってき……と、誰? 黒髪ロングで赤いメガネが印象的な女性を連れてきた。
「お待たせ。問題は解けたかな? とりあえず紹介するよ。この人は新聞部部長の時任さん」
「初めまして、お二人さん。私が新聞部部長の時任よ。と言っても、もうすぐ引退の身なんだけどね」
腰を折り曲げ、キチンと挨拶する姿は、礼儀にうるさい家庭に育ったんだなという印象を受ける。それにしても――。
「なんで新聞部の部長さんがこんなところに?」
「彼女は今回のキーパーソンなんだ。学校ことならなんでも、俺の存在すら知ってたよ」
学校のこと全てというのはどの程度のことなのだろうか? それは置いても、トキトの存在を知る上級生は少ないだろう。それだけで、彼女がいかにこの学校について精通しているかわかる。
「それじゃ、役者も揃ったことだし、説明を始めようか」
それからトキトは待望の回答を話し始めた。
「まず、第一のポイント。すべからく選挙は人気投票だったという点。これは、今回に限らないということだ。つまり、前年の生徒会選挙、現生徒会役員も人気投票によって選ばれたということが大事なんだ。素晴らしいことに現生徒会役員は平穏無事に一年間、学園を運営したそうだ。これは、時任さんの証言からもわかる。
そして、彼たちが選ばれた時、投票したのは誰だったのかな?」
「私たちと三年生たちね」
「そう、当時、一、二年生だった、俺たち二年生と三年生だ。その人気を勝ち得て、彼らは生徒会役員になった。信任率は……えーっと……」
「97%よ」
時任さんがフォローを入れる。
97%という数字は決して簡単に出せる数字ではない。歴代の生徒会と見比べても、最上位の信任率だ。
「それだけの信任率を得ていた彼らの政策。これにケチをつけることは、全校生徒に弓を引く行為に他ならない。引退間近になったこの時期でも、現生徒会は人気の的なんだよ」
「……そうか!」
チエが答えに辿り着いたらしく、弾かれた様に立ち上がる。
「つまり、私たちの公約は『変わらない学園生活』、そして夙川綾子の公約は現状への不満と改善。でも、そんな不満を持っていた生徒は少ない!」
「そういうこと。だから、実は俺たちの公約ってのは、図らずも、生徒たちの総意に限りなく近いものだったんだよ。だから、こうして時任さんをここに召喚することもできた」
うなずく時任さんはまさしくその通りといった感じだ。
「でも……ちょっと待って! 調査票では現在、90対10。圧倒的な差で負けているのよ? さっきまでの話が本当なら、ここがおかしい。これはどう説明するつもり?」
そうだ。今までの話がトキトや時任部長がうなずくように本当なら、この調査結果はおかしいということになる。
「その通り。だから、彼女を召喚したんだ。じゃあ、その辺の説明は時任さんよろしく」
それまで、トキトの一歩後ろで話を聞いていた時任部長は、スッと前に出て、話し始めた。
「今回の調査結果。端的に言うと、これは不正よ」
不正!? まさか、そんなことがあるなんて……!
「私もおかしいと思ってたのよ。いくら人気があるとはいえ、現在の体制に不満と改善を要求している彼女たちがこれほど支持されるとは思えない。たとえ、支持があったとしても、それは一年生からであって、二年生からはよくて五割だろうと見込んでいたのよ。それがこの結果。
なにかおかしいと思っていたところに如月くんが話を持ってきてくれたわ。それで、ね。調べてみたら、この調査票を作っていた男子が、夙川さんに頼まれたからだとゲロったって次第。
……今回の件については私の監督不行届だわ。ごめんなさい。まさか引退前にこんな事態になっているなんてね。メディアが公正さを無くすなんて言語道断だわ」
謝る時任部長は、かなり悔しがっているそぶりも見せる。この人にとって新聞部とは、それほど大きなものだったのだろう。だからこそ許せない。こんなことを企てた夙川を。
「でも、なんでそんな不正を? だって、実際に投票になってしまえば、結果は目に見えるハズよ」
チエが異論を唱える。たしかに、実際の投票と違って、投票権を持つ生徒全員を調査するのは不可能だ。それらの分を含めれば、結果は大きく変わってくる。
「これの目的はズバリ、印象操作よ。あなたたちもTVでなにかのランキングを見ることはない? ああいうランキングで一位を取ったものっていうのは、世間で人気があるんだな~とかこれが流行なんだなと思ってしまわない? 今回はそういう集団心理を利用されたのよ。事実はどうあれ、多くの生徒が夙川さんを支持しているように見せることによって、あぁ、私も夙川さんに投票しようと思ってしまう。結果として、見せ掛けのものだけで、そうであると信じ込んでしまうのよ」
なるほど。私たちでさえこの調査票に対してはいくらかの信用があり、その情報を鵜呑みにしていた。それが仇となったということか。
「そして、この心理を利用して一番期待することは一年生からの得票よ。一年生はこの学園に入って、まだ半年くらい。そろそろ不満の出てくる連中もいるかもしれないし、なにより情報量が圧倒的に少ない。現生徒会の威光が彼らには届かない。だから、夙川さんはそこに集団心理を使って、一年生からの支持を集めようとしたのね」
「少しいいかな?」
トキトが話に割って入ってくる。
「もう一つ、この選挙には大事な要素があるんだ。それはネガティブキャンペーンができないってこと。ネガティブキャンペーンっていうのは自分を高めるのではなく、相手を追い落とす情報を流すということさ。これは、国政選挙ではよく使われる手なんだが、この学園の選挙では使えないんだ。なんでなのかわかる?」
「『人気投票』だから、ね?」
チエが自信ありげな面持ちで答える。
「その通り。人気投票であるがゆえに、他人を追い落とすような行為はできるだけ控えるべきなんだ。ところでユキと小羽さんはその、なんとか川さんのやり方ってのは熟知しているんだよね?」
うん、とうなずく私とチエ。アイツのやり口は相手を貶め、やる気を削ぎ、時には直接的な妨害にまで及ぶ。それが昔からのやり方だった。今回はそれができない。つまり、彼女の最大の得意技が封印されてしまっていたのだ。……まぁ多少なりと個人レベルの嫌がらせは受けたけども。
「よし、答え合わせも終わったし、今週の作戦について打ち合わせをしよう。もちろん、キーパーソンは時任さん。そして、ユキ。キミは秘密兵器だ」
不意に私の名が呼ばれてびっくりしてしまう。
私が、秘密兵器?