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それから、俺と  作者: 坂上 葱久
オオカミくんと立候補
16/22

迫る期限と気持ちの変化


 帰宅する間に、執事さんからトキトから受けた説明とほぼ同じものと、それから、屋敷には少しの間来れないということを聞いた。

 トキトは疲れ切ってしまったのか、屋敷の前まで見送ってくれたが、そのまま休むとのこと。仕方ないことだけど、自分の好きに連れてきたくせにとか思っちゃうのは私の悪い癖かもしれない。

 私も色々と衝撃の展開(自社比)があったせいか、家に帰り着いてからは、お風呂に入ることも億劫でそのまま寝てしまった。あぁ、明日から学校だと言うのに、なぜにこんな大冒険をするハメになったのか。


 翌日、学校に着くとトキトの姿がない。

 チエも困った顔をして「活動どうするのよ」とかなりご立腹の様子だった。私には心当たりがあるのだが、説明するわけにもいかないし、カゼじゃない? と適当に答えることしかできなかった。

 

 が、その翌日、翌々日、翌々翌日もトキトは姿を見せなかった。

 カゼだとごまかすのもさすがに限度があるようで、連絡をしておいてとチエに(ことづか)ったのだが、メールを送っても、電話をかけても返事がない。

「なんで、こんな大事なときにいないのよ!」

 もう我慢の限界だと言わんばかりに机を叩くチエ。

「こうしている間に、差がどんどん広がっているわ」

 今度は絶望したかのように机にうずくまる。机の上には学年ごとの調査票が散らばっている。その直近の結果を見ると、そこにも絶望が記されていた。

 夙川が90に対して、如月10。

 周囲ではあまりにも圧倒的な差に、すでに選挙は終了してしまったかのように囁かれている。

 当の夙川は「選挙当日にならないとわかりませんわ」と余裕の発言を残し、トキトは学校にすら来ないという始末。これでは勝てるはずもない。

 しかし、トキトはきっと先日のアレ(・ ・)が関係する事件に巻き込まれているのだろう。それは選挙なんかよりよっぽど大事なことに違いないと体験したからこそ言えるのだが……。

「うがー! もしかして、もう学校に来ないんじゃ? 負ける戦いなんかにはもう興味がないってこと?」

 とか言い出しているチエに説明しろというほうが無理な話で、押し黙る以外に手立てがなかった。


 しかし、その翌日。

「おっはー」

 トキトは元気に登校してきた。

「アンタ! 今までなにしてたのよ!」

 チエが食い掛かるのも無理はない。

「いや、なんていうか、家の問題があってね。大丈夫、選挙活動でしょ? 今日からまた始めればいいじゃん」

 はぁ……とため息をついて、トキトに調査票を渡すチエ。それから「来週からがんばりましょ」とだけ言って、帰ってしまった。

 その後姿は、一週間の選挙活動でなにができるというのだと言わんばかりに、もうあきらめているようだった。

「95対5……か。それからこっちは、93対7……90対10……」

 調査票を眺めるトキトはなぜか笑みを浮かべている。

「なにがそんなに嬉しいのよ?」

「いや、なんでも。あ、そうだ。この前の話なんだけど……」

 正直な話、もう負けの見えた戦いよりもそっちのほうが私としては気になっていた。

「なんで休んでたの? やっぱりその話関係?」

 神妙な面持ちで聞いてみる。トキトから聞いた内容と変わらないが、執事さんの語り口がやけに深刻そうだった。

「いんや、ヨーロッパに旅行に行ってた」

「はぁ!?」

 あまりにも間の抜けた返答に、思わずズッコケてしまう。

「いやぁ、ルーマニアってのは素晴らしいね。景色、空気、人、建物。どれをとってもこの国では味わえないものばかりだったよ。あ、そうそう、これお土産」

 と言って、赤い液体の入ったビンのボトルを渡される。

「こ、これってワインじゃない! いらないわよ! こんなの。ていうか旅行行くなんてどんな神経してんのよ!?」

「あー、ルーマニア名物なのにー」

 突き返したワインを仕方なさそうにカバンに入れる。

「うーん、今回の旅行は有意義だったよー。なんてったって、俺らの王に会えたんだからね」

「王?」

「そう、王様。ほら、こないだオオカミたち攻めてきたじゃん? その報告と措置について聞きに行ったんだよ。いやー、やっぱさすが王様だね。めっちゃ偉そうだったよ」

 相変わらず的を外した感想となんか重要っぽいことを告げる。

「なるほどね、そういう旅行だったのね。それで? 解決したの?」

 問題はそこだ。根本的な解決はしたのか? それがなければ、これから学校に通うことも難しくなるのではないかという不安があった。

「ん~どうだろうね~? でも、事件はもう俺の手から離れたよ。大丈夫、これからもユキの傍にいるから」

 また、的外れなことを言う。それにしても、もうこんな軽口にも慣れてきた。だからこそ、そんな軽口を言えるのならもう安心なんだなと思えた。必死な姿を見たからこそ言える。

 私はいつの間にかトキトの色んな姿を見た。それに恋だとか、愛だとかなんてことはないけれど、それでも友達を超えたなにかであるような感じはあった。

 共通の秘密。それは全部トキトのことばかりだけど、私の中にもその秘密を守る、それからきっとトキトとは長い付き合いになるってことはなんとなくわかった。そのうち、私のことも少しは知ってもらうことがあるかもしれない。その時は、明るく話せるようにしておこう。


「ところでさ」

「なに?」

「俺が出したヒント。分かった?」

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