待ち受ける仇敵
「生徒会室から出てきましたけど、なにか用でもございましたの?」
取り巻きの二人を連れて(普通には友達のようにしか見えないが)こちらへ向かってくる夙川綾子。
「イヤ~ちょっとね~」
チエがなんとかはぐらかそうと必死だ。出来れば、立候補者の発表があるまでは黙っておきたい。妨害が入るのは出来るだけ少なくしたいからだ。
「俺が立候補したんだよ」
急にトキトが口を出してくる。ていうかいつ起きたのよ。
「へぇ、あなたが立候補したの。会計? それとも書記?」
いきなり核心の話になって、私たちは焦った。ここは嘘をついてでも――。
「生徒会長に決まってるだろ?」
だぁぁ! 言ってしまった。こいつに空気を読むなんてことを期待した私がバカだった。
その言葉を聞いた途端、夙川の顔つきが変わる。
「そうですの。では、私と勝負ということになりますわね」
分かる人には分かるのだが、すでに黒いモードに入っているようだ。その声、顔から推測できる。
「あぁ、あんたを倒して俺はユキと……モガモガモガ」
とっさに口を塞ぐ。こいつにしゃべらせておくと、急に何を言い出すかわからない。
「そうですか。では、お互いに頑張りましょう。よりよいモノにできるようにね。それではごきげんよう」
一瞬顔つきが変わった以外は、終始ニコニコして、夙川綾子は去っていった。
「なんで言っちゃうのよ、バカ!」
チエがツッコミをいれる。もっともな話である。
「だって、宣戦布告はやったほうがいいだろ? これから戦いなんだ、しないほうが礼儀に関わる」
「はぁ……まぁ、しちゃったものは仕方ないわ。2日後の立候補者発表の後からが本番よ。それまでは選挙活動は認められないし、それまでは待機ね。それじゃ私帰るから」
なんだか帰っていくチエの後姿には哀愁と疲労が見えた。お疲れ様です。
「さてっと、それじゃ俺たちはどうする?」
「別に他にやることもないし、帰りましょうか」
「えー、デートしようよー」
「ハイハイ、これが終わったらね」
最近、コイツの扱い方がわかってきた。そもそも見た目と中身が違いすぎるんだ。最近はそのあまりの砕けっぷりにコイツが人間じゃないことも忘れてしまいそうだった。イヤ、これは私に対してだけなのかもしれない。チエといるときは割りと毅然とした態度だった。
「――でさ、来週の休みにウチに来て欲しいんだけどさ。聞いてる?」
「ごめん、全然聞いてなかった」
物思いに耽ると周りの言葉が聞こえなくなるのは悪い癖だ。
「だからさー、デートが無理なら、ウチに来るのはどう? って話」
「それがデートとどう違うと?」
別に外に出るのがデートではない。最近の流行は、家の中デートだとかなにかの雑誌の表紙に書いてあったことを思い出す。
「だって、電話ばっかりじゃおもしろくないよ。そうだ、ウチの周りも紹介するからさ。あ、迎え来たみたいだし、もう行くわ。また明日、愛しのユキ」
最後だけ少し声色を変えて、トキトは帰っていった。
さて、二人とも帰ったみたいだし、私も帰ろうと校門を抜けたところにそいつは待ち構えていた。
「少しよろしいかしら?」
「あんまり良くないかも」
「では、絶対的な拒否ではありませんね。こちらもそうヒマではありませんので、できれば今日の内に済ましておきたいのです」
夙川は私の前に仁王立ちで、私の目をまっすぐ見つめてくる。お互いに遠慮しなくていい間柄なのは知っているので、顔はニコニコしているけど、敵意をむき出しにしているのがわかる。
「率直に言っていいかしら? 辞退なさっていただけませんか?」
「本当にストレートね」
「周り持った言い方は得意ではないので。それと、彼のことをお見かけしたことがなかったので、少し調べさせていただいたのですが……まったくもってお話になりませんわね」
どの程度まで調べられたのかわからないけど、それはそうに決まってる。まともに授業を受けている様子も、ましてや誰かと仲良く話している姿すら見たことがないのだから。
「ふん、それはやってみないとわからないでしょ? どうせまた汚い手でも使うんじゃなくって?」
なんとなくしゃべり方が感染ってしまった。
「今回はその必要すらないと思っていましたが、新城さんと小羽さんが相手なら完璧に叩き潰すのもありではないかと、そう考えていたのですよ」
「そっちがその気なら、こっちも受けて立つわ。あくまで正々堂々と、ね」
多分、第三者がこの光景を見たら、私たちの間に稲妻が走るのが見えたことだろう。
そうして、完全に私たちと夙川綾子+αという対立構造ができてしまったのである。