オオカミくん
夏も終わり、ようやく暑さから解放されようとしている九月半ば。
私は奇妙な男と出会った。
そいつはクラスメイトだったんだけど、四月のクラス替えで顔を見るのも初めてだったし、話したことすらなかった。というか話している姿をみたことすらなかった。
カラダはすごく大柄だし、目つきは悪いし、おまけに近寄るなオーラを出しているようにも感じるってのは近くに座る友達の弁。
私からすれば、大きいっていうか、カッコいい感じでモデルみたいじゃんって思うし、目つき悪いっていうか眠そうに見えるし、近寄るなオーラっていうか寝てるだけだし。
ちょっといいな~とか思ってたんだけど、それも夏休みに入るちょっと前で、どこか気分も浮ついていたし、ただカレシが欲しかっただけなのかもしれない。結局、別に彼じゃなくてもいいやとか思ってしまった。だって、たしかにカッコよくは見えるけど、付き合いにくそうだし、なにより今から親密になれる気もしない。そんなこんなで夏休みに入ってからは完全に忘れてしまった存在だった。
それから、夏休みを七割方(いつもどおりの夏でした)満喫した私は、どこか不満と課題を残し、夏休みを終えたのでした。
「おっはよー」
「おはよー。うわーあんた真っ黒じゃん! いまどき流行んないよガングロとか」
「だって、休みの最後のほうにおばあちゃん家行ったら、なんだか、休みって今週までじゃん! 満喫しなきゃ! ってなっちゃってー、海行ったり、山行ったりしてたらこうなっちゃったんだもん」
「海とか山とかって小学生じゃあるまいし。もう高2だよ? そろそろお肌気をつけなきゃ」
久々、つっても二週間ぶりに会った友達とケラケラ笑いながら話していると、普段話さないグループの女の子に声をかけられた。
「ねぇ知ってる? アイツいるじゃん、ホラ、オオカミくん」
オオカミくんってのは夏休み前に気になってた、目つきの悪い、近寄るなオーラの男子のことである。
「サチがさー、先週行ったカラオケの帰りに見たらしいんだよね。誰かとすげー仲良さそうに歩きながら話してるの」
「「マジで!?」」
誰ともしゃべっているのを見たことなかったし、ましてや誰かといるなんて想像もつかないのに。私たちは好奇心旺盛っていうか、他人の噂話にはとことん目が無い。そういう意味では、オオカミくんの存在ってのはなんとなく目が離せないキャラだった。
「それでさーその誰かっていうのが……」
「おらー席つけー、いつまでも夏休み気分でいるんじゃないぞ!」
「やっべ、ごめんこの話は後で」
教師が来たので、そそくさと帰っていく彼女。なんだろう、すっごい気になる。
授業中も頭の中はそればっかりだった。
もしかしたら悪い人とつるんでたりかもだとか、単に同級生といただけかもとか、弟!? だとか。一つ目と三つ目はあるかもしれないけど、二つ目はないなだとか。このクラスだけじゃない。他のクラスの男子とすら話しているようなことはない。休み時間はおおよそ移動教室でない限り、寝てることが多いからだ。これは夏休み前の観察で明らかになったことだ。
あぁ、気になる。一体、どんな秘密があるんだろう。彼と親しげに話す人ってどんなヤツなんだろう。で、でも別に好きとかそういうわけじゃないんだからね!
……不毛にツンデレをしてしまった。
「ねぇ、さっきの話の続きだけど」
チャイムが鳴って、教師が出て行ってすぐに私は続きを聞きに行った。
「あ、あぁ、さっきのね」
若干引かれてしまったかもしれない。
「どこまで話したっけ?」
「誰かと話してたってとこまで」
「そうそう、んで、その誰かってのがね、実はわからないのよ」
芸人みたいにコケてしまった。
「わ、わからないって、あんだけ引っ張っといて!」
「まぁまぁ、重要なのはここからで、誰なのかはわからないんだけど、異常に怪しい格好だったんだって」
「格好?」
「うん、見たのは夜だったんだけど、このクソ暑い中、黒いマント羽織ってたらしい。パッと見、どこかのマジシャンかなって」
たしかに変だ。変というか変質者の域に近いかもしれない。案外、そのマントを開いたら……!
「話はここで終わりじゃないのよ。ここまでだったら、オオカミくんもただの変人で終わっちゃうんだけど、それから二人が急に消えたんだって」
「消えた? 見えなくなったとかじゃなくて?」
「うん、さっきまでそこで話していたのに、急にフッと消えちゃったんだって。私も気のせいだと思うんだけどねー」
「ありがと、おもしろかった」
「うん、あ、それとたまにはこっちの遊びにも付き合ってよ。ユキなら歓迎するよ」
それから再び礼を述べて、自分の席に戻った。
あーあ、なんだ本当にウワサレベルだったか。もうちょっとおもしろい話聞けるかなって思ったんだけど。でも話してることなんてあるんだ。想像つかない。
チラッと彼の席を見てみる。そこにはいつもどおり突っ伏して寝ている、キサラギトキトの姿しかなかった。