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ウソをついた少年

 女中茶屋の奥の部屋には、メガネをかけた男達が数十名、集まって、何かをソワソワと待っていた。ふすまには『パラパラ絵巻 当選者の間』と書かれた紙が貼ってある。男達は夢にまで見たお宝を待ちながら、それぞれに雑談をしている。

 しばらく経ってから、部屋のふすまが開いて才円が現れた。今回は女中の格好ではない。

「みなさん。今日はごくろうさまです。約束通りパラパラ絵巻を差し上げます。しかし、実は、今日、みなさんに集まっていただいたのは、パラパラ絵巻の当選者だからではありません」

 才円がそう言うと、男達は急に雑談をやめて、一斉に才円を見た。

「うつろ船事件の容疑者だからです」

 才円のその言葉に、男達の中に、波が引くような大きなざわめきが起った。

「これは、ある男の無実を晴らす為なのです。すみませんが、みなさん協力して下さいませんか?」

 男達はまだ、少しざわついてはいたが、誰の反論の声も上がらなかった。

「ありがとう。では……」

 才円が隣の部屋のふすまを開けると、そこには怪しげな大きな箱が置かれてあった。箱の周りには色々なスイッチが付いており、箱の中から出た線は、隣の部屋まで続いている。才円は、その箱を指さすと、神妙な表情をして言った。

「実は、あれは西洋から取り寄せた『ウソ発見器』です」

「ウソ発見って……ウソを見抜くの?」誰かが質問する。

「はい。その通りです。人がウソをついた時の、汗や呼吸の微妙な変化を察知して、その人がウソをついているかどうかを判断するのです」

 男達の数人から、分かったような分からないような、そんな感嘆の声がもれる。

「そして、一人一人順番に、あの部屋に入って来て貰い、このウソ発見器にかかっていただきます」

 才円がそう言うと、男達の中にまた、大きなざわめきが起った。


「どうぞ」

 才円のその声が、閉め切った小さな部屋に響くと、そろそろとふすまが開き、一人のヤセた男が入って来て、恐る恐る才円の前に座った。男はしきりに辺りを見回しながら、恐怖をあらわにしている。

 才円は手元の書類に目を通すと、冷淡な口調で言った。

「では、僕の質問には、全て『いいえ』で答えて下さい。それだけで結構です」

「は、はい……」

 才円は『ウソ発見器』のスイッチを入れ、質問を開始した。

「では、始めます。さて、この間、愚霊の仲間として打ち首を言い渡された鉄は、実は、無実だと知っていましたか?」

「いいえ」

「実は、鉄は……僕の親友なんです。だから、どんな事でもいい。手掛かりがつかめたらと!」

「そ、そうですか……」

「あ、すみません、つい、取り乱してしまって……では、質問を続けます」

 才円は順調に質問を続けていた。だが、捜査に熱が入るうちに、次第に才円の様子がおかしくなっていき、質問もおかしなものになっていった。

「鉄は、見ず知らずの貧しく幼い兄妹を、無償で面倒みていると知っていましたか!」

「いいえ…」

「鉄が捕まったままだと、その兄妹の病気の母が、いずれ死んでしまう事を……あなたは知っていましたか!」才円は思わず大声を張り上げる。

「い、いいえ……」

 才円は、ウソ発見器の計器の針がブルブルと動くのをみて、二、三度うなずく。

「もう結構です。結果は後日お知らせします」


 才円は全ての捜査を終えて、大きなウソ発見器を抱えて家路を急いでいた。

 その才円の後姿を、塀の陰から密かに見つめる鋭い眼差しがあった。その正体は白髪の老人で、背中が曲がり、顔全体を覆うように髪とヒゲを生やしていたが、老人にしては妙に背が高く、体も不自然にガッチリしていた。その白髪の老人は、自分の気配をたくみに殺して、こっそりと才円の後をつけている。

 才円が自分の家に入ると、白髪の老人は、ふと痛そうに肩を押さえた。そこには、あの夜、猫女が放ったかんざしの傷があった。老人はその傷を見ると、また不気味に笑い、体をひるがえさせると、人混みの中に消えていった。


 今夜は、いつになく明るい月夜だった。月の明かりは、大通りを外れた貧しい家々にも分け隔てなく届く。

 その貧しい集落の中の一つに、才円が言った通りに、貧しく幼い兄妹が住む家があった。兄妹は眠そうな目をこすりながらも、今日も病気の母の世話をしている。

 その時、家の周りを覆う黒い闇の中から、小さな歩幅でトボトボと歩く足音が近づいて来た。その足音は、その家の近くまで来ると、怪しげに家の周りをグルグルとしつこくまわり、遠巻きに様子をうかがっている。この怪しげな人影は紛れもなく、あの日、才円の家に脅迫状を貼った脅迫者だった。

 その時、ふいに家の灯りが消えた。家の者達がみんな眠りについたのだ。

 男はそれを確かめると、獲物を狙う獣のように、足跡を殺しながら家に近づいて行く。そして、家の戸口をうっすら開けると、その細い隙間から指を無理に差し入れて、何かをシュッと投げ入れ、いちもくさんに闇の中へ逃げ出した。だが、その男の前に、小さな人影が立ちはだかった。

「待ってましたよ、脅迫者さん」

 その小さな人影はそう言うと、一歩、前に進み出る。月明かりがその人影を照らし、才円の顔が浮かび上がった。男はそれが才円だと分ると。急に泣き出しそうな声で、時々詰まりながら話しを始めた。

「僕はどうせ、ウソ発見器とやらで捕まるんだろう? だ、だけど、その前に、せめて……」

 その男は、あのヤセた男だった。そして、男はガックリとヒザを地面に落とすと、溜っていた物を吐き出すように泣き崩れた。その時、貧しい兄妹の家の灯りが付いて、幼い妹の声がした。

「わあ、小判だ! お母さん、誰かが小判を置いていってくれたよ!」

 才円はその声を聞くと、男を見つめ、優しく微笑んだ。そして、月夜を仰ぎながらこう言った。

「あなたなら、今夜、必ずここに来ると思っていました」

 男は黙っている。だが、才円は続ける。

「ウソ発見器など最初からありません。西洋にもあるかどうか……」

「えっ?」

「だけど、これだけは言えます。機械には、人の本当の心など分かりません。そう、さいえんすだけでは、分らない事もあるのです」

 才円は男を再び見る。

「しかし、あなたの良心なら、血の通った人間の心ならば、人の本当の心が分ってくれると信じていました。だから、あの可哀想な兄妹の話を話しました。鉄に無実の罪をかぶせる事は、どれだれけの人を苦しめる事になるのかと。そして、あなたは今夜……こうしてここに来てくれた」

「な、なぜだ? なぜ、そこまで僕の事が?」

「あなたをプロファイリングしてみて分ったんです。僕と似ているってね。孤独で周りからバカにされながらも、自分の好きなものに生きている。しかし、あまりにも証拠が少なく、他には何も分らなかった。だから……」

 才円は男に手を差し出す。

「もし僕ならば、きっと、今夜、あなたと同じ事をすると、僕自身をプロファイリングしたのです」

「すまなかった……」

 男はそう言うと、泣きながら、才円の手を取って立ち上がった。

「それで、あの貧しい家族はこれからどうなるの?」

「すみません、あのけなげな家族は、どこかの名も知らぬ人達です。でも……きっと、あなたなら、友達になってくれると思いますよ」


 才円は男から全てを聞いた。だが愚霊の手掛かりは何も得る事が出来なかった。

 男は町を歩いている時に、たまたま愚霊に脅されて、脅迫状を書いて才円の家に貼りに行っただけだった。

 男は愚霊の共犯になったとしきりに恐れていたが、才円は見逃した。これは脅されてやった事であり悪いのは愚霊だと、才円はそう言って男を帰した。

 だが、男から何も得られなかった事で、捜査は結局、また振り出しに戻ったのである。


 肩を落として夜道を歩く才円の前を、大きな人影がふいにさえぎった。それは、あのヒゲの同心だった。以前、奉行所の前で、才円を突き飛ばしたあの同心だ。

「なにか用ですか?」

 才円は顔を上げて、同心をキッと睨みつける。

「なに、たまたま通りかかってな……それで、お前の捜査を全部、見させて貰った」

 同心は照れくさそうに言った。

「たかが子供の捜査ですけどね」才円は冷たく言い放つ。

「まあ、そうつっかかるな。こういう事を言うのも恥ずかしいんだが……正直言うと、お前を見ていて、ワシは、正義感に燃えていた若い頃を思い出したんだよ」

「え?」

 その同心の表情には、この前とは別人のような優しさが浮かんでいた。才円が呆然としていると、同心はその大きな手を差し出した。

「すまなかった。ワシにも何か、お前の協力をさせてくれないか?」

 才円はしばらく同心の目を見て考え込んでいたが、少し微笑むと、小さな手をスッと差し出した。同心はその小さな手を、大きな両手で包み込むと、シッカリと握手をした。

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