悪魔の残像
才円は自分の部屋に戻ってきていた。
(愚霊め、来るなら来い……まあ、逃げるけど。でも、捜査はやめないぞ……)
才円は小さな物音にいちいちビクビクしながらも、なかばヤケクソ気味に、腹を決めて捜査に取りかかっていた。
才円は、お銀に貰った捕物帳に食い入るように見入っていた。
(確かに、凄い……詳しい事まで載ってる)
お銀の協力により、様々な情報を得た才円は、がぜんやる気になってきた。そして、ある西洋の学問書の一ページがふいに頭に浮かんだ。
「よし、今度は、西洋の『プロファイリング』というものをやってみよう。僕は妖怪とか、そういうものは信じない。どうせ、愚霊って、人間が変装してるだけなんだ」
プロファイリングとは、犯罪現場に残された様々な証拠を元に、犯人の容姿や性格などを予測して、犯人像を詳細に浮き上がらせていく、という捜査方法だ。
才円は、自分の部屋に脅迫状を貼ったやつヤツが、一体、どんな人物だったのか、プロファイリングにより浮き上がらせてみる事にした。
才円は、まずは表に出て、キョロキョロと辺りを見回した。
(あの日は小雨が降っていた。必ずどこかに、やつの足跡が残っている筈だ)
すると、才円の思惑通り、才円の家に向かう足跡がいくつか残っていた。一つは才円のものだが、もう一つのは大きい、明らかに才円のではない。才円はその足跡をまじまじと見て、少し考え込むと、ボソッとこうつぶやいた。
「ヤツは体を右に向けて戸を開けている。おそらく右利き。そして、この足の大きさだと成人男性に違いない……」
才円の頭の中に、右手で木戸を開ける怪しげな男の映像が浮かんできた。
次は、才円は足跡をたどって、ヤツがやって来た方向へ戻っていく。すると、ある長屋の角で両足をキチンと揃えている。
「おそらく、ここで僕の部屋を覗いていたんだろう」
さらに足跡をたどる才円。
「歩幅は小さく内股。トボトボ歩く。自分に自信がなく内向的。おそらく愚霊達の中でも下っ端で、だから今回の役目をやらされている」
足跡は大通りまで続き、そこで大勢の足跡にかき消されていた。
才円は戻って、今度は、自分の部屋に残された足跡も見てみる事にした。
木戸を開けると、畳の上に乱暴に残された、泥の足跡がすぐに目に飛び込んでくる。才円は現場検証をする為に、荒らされた部屋には一切、手を触れずにいた。脅迫者の体温さえ残っていそうな荒れた部屋の不気味さは、才円に無言の圧力をかけてくる。だが、今の才円の目は、既に捜査員の目になっており、恐怖など忘れていた。
「足跡はまっすぐ壁まで続いている……いや、」
才円はメガネを指でちょいと上げて、足跡に顔を近付ける。
「ヤツは微妙に、いろりを避けている、なぜだ? なぜ、いろりが嫌いなんだ?」
メガネを触れている自分の指をみて、才円は自分の行為を思い出す。
「そうか! 僕もよくやる。鍋の湯気でメガネが曇るから嫌なんだ。指で拭くと手の油が付くし、曇りがなおるまで結構、時間かかるし……そう、ヤツはメガネをかけている」
才円はさらに、手掛かりを求め、首を回して部屋の中を見渡す。そして、壁にある脅迫状の前で止まった。
「さっきから妙な匂いがすると思ってたんだけど……この癖のある匂い、絵巻屋で嗅いだ記憶がある」
才円は脅迫状に鼻を近付ける。
「墨だ。この墨から匂ってくる。多分、絵巻作家たちが好んで使う『はいぱあ墨、忍者』を使ってるんだろう」
才円はこれまでのプロファイルから、まるで木彫りの像を彫るようにして、脅迫者の人物像を頭の中に創り上げた。
「男性、内向的、メガネ、絵巻作家……いわゆる、よくありがちな絵巻オタク系…って感じかな」
絵巻オタク系……その言葉に、才円はすぐに、あの女中茶屋を思い浮かべた。あそこは絵巻オタク系達のたまり場になっているからだ。
「また、猫女に借りを作るのか、はあ……」