表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

狙われた才円

 鉄の打ち首の日まで、あと数日と迫っていた。

 確かに鉄は拷問により自白した。だが、それは拷問の苦しさからではなかった。

 鉄の様子は最初から何か妙だった。ある程度、愚霊の何かを知っている筈なのに、黙して何も言わない。ウソや曲がった事が大嫌いで有名な男だから、この態度は、なおさらおかしく思えた。

 しかし、ある日、突然の自白。一体、彼の心の中には、何が秘められているのだろうか?

 そんな鉄の命を救い出せるのは、もはや才円の科学捜査だけだった。科学により、決定的な証拠を突きとめるしか、もう手は残されてはいなかった。

 

 窓の外は赤く染まり、小雨がパラパラと降り始めている。部屋のいろりには鍋がかけられ、その蒸気がこのあばら屋を暖めていた。才円は黙っていろりの炎を見つめている。頬を伝う涙の跡が炎に照らされ、キラキラと光っていた。

(僕なんかじゃ、どうせこの程度か……)

 才円の脳裏に、自分をからかう生徒達の姿や、鉄が自分を励ます顔などが、次々と浮かんでは消えていった。

(僕は鉄あにいのような、男らしい男になりたかった。勇気も貰った。だけど、結局、僕は何もしてあげられなかった)

 才円はゴロンと寝転がると、湯気ですっかり曇ったメガネ越しに、蜘蛛の巣だらけの天井を見上げた。

(僕には、やっぱり、無理なのかな……)

 才円は自分に何度もそう問いかける、しかし、才円の心の奥底では、悲しい答えが既に出ていた。

 才円はそうやって、しばらく天井を見つめていたが、やがて、ゆっくり上体を起こすと、のろのろとかわや(昔のトイレ)に向かった。才円が戸口を開けると、外はもうすっかり灯り一つ無い暗闇になっていた。

 しばらくして、才円が落ち着いた表情で戻って来ると、家の中にありえない光景を目の当たりにして、思わず体が音を立てて後ずさった。

 まるで部屋の中を汚すように、泥だらけの足跡が入り口から奥まで伸びていた。そして、その奥の壁には大きな紙が貼られ、墨で大きくこう書かれてあった。

 『じゃまものには し』

 それは明らかに愚霊からの脅迫状だった。ほんの少し、ちょっと家を出た間に、これは行われたのだ。今、こうしている間にも、自分の背中を、愚霊が恐ろしい目付きで睨んでいるかもしれない。そう考えると、才円は背筋がゾッとし、体が勝手にガタガタと震え出した。


 猫女は、女中茶屋に住み込みで働いていた。昼は助平な男どもにジロジロ見られ、夜は遅くまで店の後片付け。最近は、鉄の事件の事まであり、今の猫女は、体も精神も疲れ果てていて、幸せを感じる時といえば寝る時だけだった。

「にゃあ~、みな、ひざまづくがいいにゃあ……」

 猫女は謎の寝言を言い、妙なうすら笑いを浮かべながら、今、幸せの絶頂にいた。

 だが、そんな幸せな夢の中で、猫女は何か妙な違和感を感じていた。なぜか、先程から、誰かに見られている気がしてならない。

 そんな夢とも現実とも分らない世界の中で、猫女がボンヤリと目を開けると、猫女を見つめる誰かの顔が、すぐ目の前にあった。

「にゃあああ!」

 猫女は猫のように飛びのくと、部屋の隅まで転がりながら逃げた。しかし、突然、今まで見せた事のない鬼のような形相になると、ドスの効いた声でこう叫んだ。

「何者だ!」

「ぼ、僕だよ、才円だよ……」

 猫女はその声に、慌ててもとの猫女の顔に戻した。

「なあんだ~才円かあ」しかし、猫女はすぐに目をパチクリさせる。

「……じゃないわよ! なによ、こんな夜中に、美少女の部屋へ忍び込むなんて!」

「だって、僕、狙われているんだよ!」

「へ?」

 才円は猫女の胸元にいきなり飛び込んだ。

「ちょっ……!」猫女は顔を赤らめ、思わず身を固くする。

「助けて! 僕、殺されちゃうよ!」

 才円はそう叫んで、小さな体を震わせている。才円が猫女にこれほど感情を見せたのは初めてで、猫女は正直、驚いていた。

(普段、学問がどうとか難しい事ばかり言ってるけど、やっぱりまだ子供なんだな……)

 猫女は優しく目を細めると、才円の髪を優しく撫でながら、そっと抱き締めてあげた。

「大丈夫、お姉さんが守ってあげるから……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ