そして未来へ
才円は腰の刀を重そうに引きずりながら、いつものように、寺子屋の帰り道を急いでいた。だが、彼の背中には、もう悪口の張り紙はなかった。その代わりに、才円の後をカモのひなのように付いて歩く、数人のクラスメイトの姿があった。
「才円先生、いつになったら、さいえんす捜査を教えてくれるんですか?」
「まだダメだよ。まずは、僕がかした本を全部読んで、知識をたくさん蓄えないとね」
「はあ……あれを全部ですかあ……」
「そう。まあ、全部、英語だけど」
そう言うと才円はおかしそうに笑った。
才円が、江戸中を恐怖におとしいれた『うつろ船事件』を解いてからというもの、彼はちょっとした町のヒーローになっていた。どこへいっても、人々が寄ってきては、彼を口々にもてはやした。
だが、才円には、そんな事よりも、もっと大切なものがあった。そして才円は、今、それを二つの目でしっかりと見つめている。それは、通りの向こうから手を振りながら駈けてくる親友の姿だった。
「親友! 難事件だ、またさいえんす捜査の力をかしてくれねえかい?」
「もちろん!」
才円は後の弟子達に別れを告げると,鉄と並んで歩き出した。
「しかし、あれだな、才円。さいえんす捜査って呼び方、こう……江戸っぽくなくて、なんか、しっくりこねえな」
「そう? じゃあ、どう呼べばいいと思う?」
「そうだなあ、今、巷じゃ、面白れえ仕掛けがあるのを、カラクリなんて言ってるから……『カラクリ捜査』ってのは、どうだい?」
「カラクリ捜査かあ。うん、しっくり来た! それでいこう!」
二人は声高らか笑い合いながら、長い下り坂を駈けていく。
そんな才円を、屋根の上からじっと見つめている一つの影があった。それはお銀だった。お銀は長い黒髪を風になびかせながら、厳しい目をしてポツリとつぶやいた。
「あんたが、そうやって男らしくなっていくのを見るのは嬉しいけど、いつかあたしの敵になるのかもしれないんだね……」
だが、そう切なそうに言うお銀の目は、いつしか、優しい猫女の目になっていた。
鉄に負けないくらい元気よく大通りを駈けてゆく才円。しかし、彼はふと考え込むと、立ち止まって、真っ赤な空を見上げる。
「どうした? 親友」鉄が心配そうに声をかける。
「うん。あのね、僕、思ったんだ」
「なにをだい?」
「これから数百年たって、カラクリ捜査がもっと進歩してさ、無実の下手人が出ない世界が、そんな夢のような世界が……」
才円は背中を丸めて大きく息を吸うと、夕焼け空に向かって大きく背伸びをした。
「いつか、来るといいなあって……」