愚霊の企み
鉄の打ち首の日まで、もうあまり日数はなかった。
才円は他に何か方法はないかと、西洋の書物を引っ張り出して来て、忙しそうにパラパラとめくり始めた。そして、あるページで、その指はピタリと止まった。
「これだ!」
才円は興奮気味に立ち上がると、わざとらしいくらい猛烈な勢いで独り言を言い始めた。
「こんな捜査法があるとは……まったく、西洋のさいえんすというものは凄い! これでもう、うつろ船事件は解決したも同然だ!」
その時、才円の家の前で、静かに聞き耳を立てる不審な男の影があった。男はヒラリと身をひるがえすと、賑やかな人ゴミの中を走り抜け、薄暗い路地へ入り、ドンドン奥へと進んでいった。やがて、ボロボロの廃家の前で立ち止まり、周りに誰もいないのを確認すると、男の姿はその廃家へ吸い込まれるように消えていった。
「どうだった?」
廃家の奥の闇から、うなるような低い声がする。すると、男は恐る恐るそれに答えた。
「へい。あの小僧、また新しい捜査法を見つけ出したみたいでヤス」
「なんだと」
そう言って、闇の中からボウッと現われたのは、全身灰色の不気味な姿だった。まさしくそれは、瓦版にあった愚霊の姿に間違いなかった。この男こそが、うつろ船事件の仕掛け人といえる、愚霊達の頭であった。
頭がおもむろに立ち上がると、天井に付きそうなくらい背が高く、そのガッチリとした体付きは、男にさらに恐怖を与える。
「詳しく話してみろ」
頭が、その巨大なアーモンドのような黒い目を、ゆっくりと男に向けると、男はたまらず震え上がった。
「へ、へい。なんでも、指先の模様は『指紋』といって、全ての人間が、それぞれ違うものを持っているそうでヤス。だから、犯行現場に残った指紋を調べれば、誰が下手人なのか、すぐに分るのだそうでヤス」
「そうか、そんな方法が……全く、末恐ろしいガキだな」
「そうでございヤスね」
「しかし、まあ、日本の奉行所ではまだ、指紋は証拠として認められてはおらぬ。聞いた事さえない。だから、そう恐れる事もあるまい。だが、」
頭は小さな口の右端を上げて、ニヤリと笑う。
「真の盗人たるもの、念には念を入れておかないと……な」
愚霊はそう言うと、男に灰色の手袋を作るように言いつけた。