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怪異怪域 怪異探偵の助手、白瀬真の怪異譚  作者: 山外大河
一章 縁喰い

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5 何者かになる為に

「その反応を見る限り正解かな?」


 どこか得意げにそういう彼女に対し、頷くかどうかは一瞬悩んだ。

 何せあまり人様に曝け出すべきではない醜さが、そこには内包されているから。

 だけどそれでも此処を黙秘するのは恩人に対し失礼に値するとは思う。

 加えて……とても打算的な考えも含めて、口を開いた。


「そうですね。正解です」


 此処から先、自分を曝け出して進んで行く事が結果的に理想な形で事を終わらせる事に繋がると思ったから。


「俺は確かに目立つ、というか……人とは違うというか……酷く曖昧で漠然としていますけど、なんかこう……【何者か】になりたかったんですよ」


 恐らく付け入られたであろう隙。自身の核となる部分を曝け出した。


「何者かって……キミはキミだろう?」


 イマイチ理解できていない霞に対して言う。


「そういう事じゃなくて……端的に言うと、漠然と普通の人間でいる事が嫌だったんです」


「普通の人間でいるのが嫌……か。それじゃあキミは普通の生活を送っている人達は、何者でもない蔑むべき人間だと思っているのかい?」


「そんな訳じゃないです。頭じゃ自分がおかしい事を言っているのは分かっているんですよ」


 別に今まで関わってきた人間が有象無象だとは思わない。

 誰もが自分だけの人生を生きてきて、決してそれは誰かの焼き直しではなくて。


 その全員が【何者か】である筈なのだ。


 両親を含め、これまで自分が世話になってきた大人達や友人達を、何者でもない有象無象だと蔑んで良い筈が無い。

 尊敬だってしている。

 有象無象の一人なんて概念は現実には存在していない。


「分かっては……いるんです」


 だけどその考え方を自分の現状にトレースできない。

 自分自身が、存在を否定している筈の有象無象に思えて仕方が無いのだ。

 だからこそ漠然とした焦燥感が沸いてくる。


「……こういう感情も怪異が絡んだりしているんですかね」


「なんでも怪異のせいにするものじゃないよ。なにせこれ絶対怪異の仕業だろっていう一件ですら、全然関係ない事もザラだからね。そんな程度の事じゃ怪異が絡んでいるとは思えない」


 そう言った霞だが、いや、と自身の発言を否定するように言う。


「その程度というのは間違いか。少なくともキミにとっては縁喰いに憑かれる程に大切な事だろうからね。失言だよ。すまないね」


「いえ……でも大切……そうですね。自分が思っている以上に俺にとっては深刻な事なのかもしれません。それこそこういう事に巻き込まれる位に」


 そしてそんな感情に背中を押される。

 今度は外付けで歪な感覚ではなく、内側から湧いて来る真っすぐな感覚に。


「だから黒幻さん。一つお願いがあるんです」


「お願い?」


 そして醜い自分を晒した理由の、打算的な部分を強く押し出した。


「俺に黒幻さんの仕事を手伝わせてくれませんか」


 恩人に対し黙秘を貫く事が失礼だと思うという考え以外の全てがこれに繋がる。


「もう殆ど解決した今だからこそ、怪異という存在の異質さは分かっているつもりです。そしてそんな物を相手にしているあなたは……俺にとっては、多分、理想の形の一つなんですよ。だから……お願いします」


 こんな普通じゃない何かと関わる仕事が普通な訳が無い。

 それを熟す人間が普通な訳が無い。

 だとすればこれもまた【何者か】の形の一つだろうと、そう思った。


 だけど、だからこそハードルが高い。


 踏み出す先の全てが普通ではないからこそ、文字通り住む世界が違うように思えて。

 自分の様な人間を受け入れてくれるのか。

 立ち入らせてくれるのかどうかはかなり分の悪い賭けだった。

 きっと門前払いされるだろう。

 一応そういう想定だ。


 そう簡単に引くつもりは無いが。

 門前払いされた上で食らいつくが。


 とまあそんな風に端からどさくさに紛れるような交渉の初手は失敗するものだと。

 うまくいく筈が無いと、そう思っていた訳だ。


「え、いいよウェルカム。歓迎するよ」


「…………はい?」


 だが想像以上にあっさりと承諾されて、思わずそんな間の抜けた声が漏れ出す。


「え……え?」


「なんで頼んだ側のキミがそんなに困惑しているんだい?」


「いや、だって……こんなにあっさりいくとは思わなかったもんで……」


 そしてあっさり進んで良いとも思っていない。

 普通ではない事柄に対し普通を持ち出す事は滑稽な気がしなくも無いが、それにしてもおかしい物はおかしいと思うから。


「なにせ素人が私利私欲の興味本位で危険な事に関わらせろって言っている訳ですからね」


 霞は先程、認知に此処までの影響を与える縁喰いを低級だと言った。

 つまりそれ以上が当然あるわけで。

 きっと縁を切られる事がその程度の事だと思えるような領域がそこにはある筈で。


 そんな世界に、こんな適当な理由で飛び込もうとしているのだ。

 怪異という存在の事をほぼ何も知らないと言っても過言ではない自分がだ。


 飛び込もうとしている側の自分が言うのは本末転倒な事は分かっていても、こうもあっさり受け入れられていい訳がないとは思った。


「私利私欲、興味本位。結構じゃないか。興味があると嘘偽りなく言えたなら、それは職業選択の動機としては百点満点だと思うけどね。それに、基本的には皆最初は素人だよ。それでやってみて、向かないと思ったら止めれば良いんだ」


「……」


 本気で言っているのかと心配になる。

 本気で言っているのだとすればかなり危うい。


 だってそうだ。


 真っ当な事を言っているようで、こういう事柄に限ればきっと不適切。

 人に対してそれが言える軽さは、危機管理能力の低さを表しているように思えるから。


 当然縁喰いの被害者である自分の為に此処まで付き合ってくれているのを見て分かる通り、黒幻霞という女性は面倒見が良い。

 もし自分の元にド素人が転がり込んで来ても最大限のサポートをするだろう。


 恐らくこの人はそこに手を抜かない筈だ。

 だからその発言が無責任だとは思わないし、こちらが飛び込もうとしている以上、そこに責任感を求める事は決してしない。


 だけど大きなリスクが発生しかねないその選択を緊急時でも無いのに即断できる軽さが、およそ命に関わるような物事に関わる人間のそれじゃないように思えた事に変わりはない。


 ……そこに彼女自身にも跳ね返ってきそうな危なっかしさを。

 脆さを感じた。


 あくまで素人目線でそう思うだけなのかもしれないけど。

 というよりも素人目線な訳だから、そもそもそんな判断ができる立場ではないのだけれど。

 少なくとも自分には強くそう思えた……だからこそ。


「それで改めてだけど、私の仕事を手伝ってくれると思っても良いのかな?」


「あ、はい。黒幻さんがそれで良いなら……よろしくお願いします」


 だからこそ、それに深々と頷いた。

 当然打算的な考えが原動力の根底にはある。

 だけどそれはそれとして、目の前の恩人の事が心配だった。

 大前提として勝手な見解で、そもそも心配できる立場でないのは分かっていても。

 と、そこでこちらの回答を聞いた霞はというと。


「……っしゃあ!」


 最早クールさもミステリアスさも残っていない様子でそう言って、ガッツポーズをしていた。


「あの、黒幻さん?」


「ん、ああすまない。結構普通に嬉しかったものでね」


 小さく笑みを浮かべた霞は続ける。


「ウチの事務所は私一人で切り盛りしていてね。慢性的な人手不足だった訳だよ」


「求人とか出してなかったんですか?」


「まさか。怪異なんて一般的に認知されていないものを取り扱う探偵業だなんて馬鹿正直に書いて求人なんて出せないだろう。ましてやなんの明記もなく求人を出すのは論外な訳で。普通に危ない事もやるからね」


 そう言って霞はこちらに指を差して言う。


「だからこそ怪異の存在を認知している志願者。ちゃんとリスクを承知なキミみたいなのは大歓迎なんだ。貴重だからね!」


「……そうですか」


 ……改めて不安が募る。

 危険な事に引き入れようとしているのに本当に、あまりにも軽い。

 空気も声音も言動も、全部。


(……俺がちゃんとしないと)


 もっとも此処までの不安の全てが素人のなんの信憑性も無い直感によるものだ。

 だから完全に見当違いの杞憂である可能性も十分にある。

 寧ろそうであって欲しい。

 そんな風に自分が間違っている事を願っていると、霞は機嫌良さげに言葉を紡ぐ。


「じゃあ早急に雇用契約書を用意しなくちゃね。ああ別に履歴書とかは用意しなくても……」


 早速今後の事を話し始めた霞は何かに気付いたように言葉を詰まらせ、考え込むように口元に手を当てる。


「どうしました?」


「いや、よく考えてみたんだけどね……白瀬君、キミは旅行者だよね?」


「あ、はい。新幹線とか乗り継いで…………あ」


 霞の言わんとしている事が分かった。というかこういう事に今更気付く辺り、人に危機管理能力が無いだのなんだの言う資格は無かったのかもしれない。それだけ根本的な大問題。


「……こ、黒幻さん。一体どこに事務所を構えてます? やっぱり……埼玉か……そうでなくとも千葉とか東京とか……関東圏?」


 そう、白瀬真は存在しない祭りに参加する為に地元から出て来た旅行者であり、此処埼玉県に居を構えている訳ではない。

 そして関東地方在住ですらないのだ。

 では果たして、この地で出会った霞の事務所は一体何処にあるのだろうか。


 地元の大学に通っている身である以上、回答次第では半ば詰みも同然である。

 此処までの話が全部ただの無駄話になる。

 打算的な考えも、それ以外の何かも。全部無駄に。


 と、そこで気まずそうな表情を浮かべながら霞は言う。


「と、とりあえずアレだ。お互いせーので居住地を言ってみようか」


「え、ええ、良いですよ」


 順番に言えば良いだろという指摘はこの際どうでも良いのでそれに頷くと、霞が音頭を取る。


「せーの!」


 そしてお互い同時に現在の居住地を口にした。


「「石川県!」」


 ハモった。


「「……」」


 思わず黙り込んでしまうが、やがて真が困惑しながら言葉を紡ぐ。


「え、マジですか……ちなみにどの辺……」


「ああ、さっき渡した名刺に書いてあるよ」


「どれどれ……金沢市の……」


「どうだい?」


「割と…………近所ですね。なんならチャリで充分ですよ」


「ミラクルだねぇ」


「ミラクル……ですねえ」


「えっと……これからよろしく頼むよ、白瀬君」


「よろしくお願いします、黒幻さん」


 こうして、縁喰いによる認知の歪みが解消された頃。

 今だ何らかの理由で歪んでいるのではないかという程の奇跡体験の末に、白瀬真は怪異と呼ばれる人知を超えた存在が絡んだ一件を取り扱う黒幻探偵事務所に。


 言わば怪異探偵の元に転がり込む事になったのだった。

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