表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

金と銀の斧二刀流の泉の女神「ネックをハントしちゃおうかな」

作者: 凍港くもり

 突然だが、助けて欲しいんだよね。


 困ったことになっちゃってさ、こちらの世界の住人には相談できないんだ。


 僕が生まれた元居た世界、…異世界の君に相談したいんだよ。






 僕はもともとは日本人だったのね。日本のちょっとした田舎に生まれて、夢を見たり、思うようにならない現実に悪態をつきながら暮らした。


 今考えると普通の人間だったと思う。その当時の僕は自分の内に眠る、非凡な才能を信じて貴重な時間を浪費していたけど。


 ある日でっかい地震に遭遇してヤバイヤバイと走り回っていたら、急に電源が切れるみたいに意識が途絶えた。


 …というのが、地球人だった時の記憶。多分地震で死んだんだと思う。あれ、うずくまったり机の下とかに隠れたりしていたら生き残ったのかな?みんなは無事なのかな?


 まぁそれはもう終わったことだから、その話は、いいか。




 とにかく僕はこの異世界で、新しい命として生まれ変わった。


 僕は林業を営む家の次男として生まれた。村は王都から遠く、観光に向くランドマークも無い退屈な場所だった。見渡す限りの森もりもり、木ききききき。周りは針葉樹の大森林だね。村の名前はアンドリュース。村は森林を切り開いて、僕らのおじいちゃんやおばあちゃん50人が開拓したそうだ。


 2度目の幼少期の話ごめんね、僕の起伏の無い人生の話、退屈だよね?もうちょっとで終わるから、もうちょっとで変なイベント起きるから、あとちょっとだけ聞いてくれる??


 村には僕の他にも子供がいた。大好きでいつも一緒にいたいやつもいれば、嫌いな奴もいる。僕はビルのことが嫌いだった。ビルは村長の息子で、自慢ばかりしていた。


 ビルは馬に乗るのが苦手だった。それはまぁいいんだけどさ、誰だって苦手なことあるし。ただ、僕が馬に乗っているときに降りろって命令してくるのが面倒だった。馬に乗れるところを見せびらかして自慢しているのかってうるさいんだよな。こっちはおぼっちゃんのお前と違って働かなきゃいけないからさぁ、お前の前でいちいち馬を降りるの面倒なんだよ。


 その日は馬に乗って材木置き場まで移動してたんだよね。そうしたらビルが視界に入って、うわ最悪だなって思って舌打ちしながら馬から降りたわけ。すれ違う時にめっちゃ睨んだら、なんか文句あんのかって言うわけ、ビルが。あるに決まってんじゃんね?もう知らんて悪態ついて、僕は馬に乗ったの。


 そしたら、信じられないほど暴れだしたの馬が、乗ってた馬が。

 何とか手綱つかんでなだめようとしたけど、そのあまりの揺れっぷりに、僕は既視感があった。あれ?なんだ?この感覚って。僕はフリーズしちゃったわけ、馬は暴れ続けてるのに。僕は吹っ飛ばされて、池に落っこちた。冷たい水の中に頭から落っこちて、そして唐突に思い出した、以前の人生を。前世ってやつを。







 君は経験ないかなぁ、引き出し開けたらさ、昔のおもちゃとか出てくることあるでしょ?その時にさぁ、懐かしいおもちゃを見た瞬間にさ、今までずっとそのおもちゃのことを忘れてたのに、急に全部思い出したりする。その木の模型はさぁ、隣の村でお祭りがあったときに、散々おねだりして買ってもらったやつ。真っ赤な船体がかっこよくてさぁ、帆船でちゃんと錨までついてるんだ。

 今はその話はいいんだった。ごめんごめん、すぐ脱線して。


 とにかくそんな感じで、今までずっと忘れたのに、地球で日本人をやっていた頃の記憶が急に鮮明に蘇ったんだよ。


 でさぁ、中二病もまた発症しちゃったの。僕が前世で患ってた。


 僕は異世界転生に興奮しちゃってね。これはもうこの世界を救うのは僕なんだろうって、そういう運命なんだろうって思ったわけ。だってそうじゃない?特に理由無く、異世界転生しなくない?僕はこの世界の神様に呼ばれてやってきた。勇者なんじゃないかって思ったの。


 それからまぁ、剣の道場とか通ったり。お金貯めて魔道書を買ったり。わざわざ魔物が出るって洞窟に突っ込んだりしたよ。でも全然駄目だった。

 でも、僕は全然あきらめなかった。せめて精神だけでも勇者であれと思って、率先して子供の世話したり。めちゃくちゃ早起きして近所の仕事手伝ったりしてた。村のみんなは、そんな僕のことを呆れつつも褒めてくれて、僕はますます調子に乗っていった。このまま頑張れば勇者になれる。そんな妄想が脳にこびりついてた。


 そういうわけで、村に盗賊が現れたと聞けば、僕の出番だ。そう思った。







 養鶏場のレイチェルが材木置き場に飛び込んできて、作業中の僕はびっくりした。薪を切るために振り上げた斧をほっぽり出して、レイチェルを抱き止めた。レイチェルは盗賊が出たって震える声で言った。その細い背中からぜいぜいと荒い息をつきながら、逃げてって繰り返した。レイチェル、こんなにちっちゃかったっけ?そんなこと、考えたのが間違いだった。レイチェルがちっちゃく感じるのは、僕が成長したからだって、そんな考えに至っちゃったよ。

 つまりは、僕の出番だ。


 僕はレイチェルの肩を叩いて大丈夫だよって励ました。僕があいつらをやっつけるからね。顔を伏せたままのレイチェルに言い聞かせた。レイチェルは混乱していて、僕とバカデカ斧を見比べている。


 材木置き場には、誰にも持ち上げられないようなバカデカ斧が飾られている。勢いに乗った僕は、今なら、それも持ち上げられるんじゃないかって、そう思って、バカデカ斧に手をかけた。当然、びくともしません。僕は照れ笑いを浮かべながら、バカデカ斧を諦めて薪割り用の愛用の斧を握った。


 意気揚々と材木置き場から顔を出した。その時までは僕はかっこいいつもりで、脳内には、かつて前世でプレイしていたゲームの音楽が流れていた。戦闘中に流れる音楽で、かっこいいやつ。

 だけど、顔を出した瞬間。バーンて、僕の肩に何か刺さったんです。それは冷たい金属性の矢だった。ここいらでは見ない顔の男たちが、こっちに向かって来てて、その数、1、2、3…。3人まで数えたところで、僕は彼らに背を向けて悲鳴をあげて逃げ出した。

 あっ、違うんで。怖かったからじゃなくて。レイチェルがさぁ、僕が盗賊に立ち向かって、秒で全部倒したって勘違いするかもしれないじゃない。そしたら、材木置き場から出てきちゃうかもしれないでしょ。そうしたら、危ないじゃない。だから、僕はあえて、あえて悲鳴をあげたんです。これはレイチェルのためなんです。


 盗賊の弓の腕前がへたくそだったのか、僕の足が速かったのかわからないけど。僕は、一向に捕まらなかった。仕事用の薪割り斧を抱えていたけど、その重さも忘れて。肩に突き刺さった矢の痛みも忘れて、夢中で逃げ回った。子供の頃から遊んでいる庭みたいな森は、僕の味方だった。


 僕は泉の真ん前に突っ立っていた。肩で息をしながら咳き込んだ。あたりを見回しても誰もいない。どのあたりでまいたんだろう?深呼吸しながら冷静になろうとする。僕がやるべき事は?きこりとして?勇者として?村人として?大人として?まず、あいつらをなんとかしなきゃ。村を守らなきゃ。逃げ切れたあぁよかったじゃないんだよ、僕には責任があるんだよ、大人として。あいつらが盗賊で村の人間を傷つけるなら何とかしなくちゃ。


 僕は頭の中を整理すると、持っていたものを投げ捨てた。とりあえず今は身軽になって、走って村のみんなに危険を知らせなきゃ。そう思ったから。


 愛用の斧は泉の中に、ぼちゃんと音を立てて沈んだ。あぁあぁしまった、何も泉に捨てなくてもいいじゃない。失敗したな。そんなことを考えていたら、泉が輝きだした。


 それは陽の光の反射とかそんなもんじゃなくて、もっとピカピカピカっていう。期待感を煽るような感じで。曲の前奏みたいなこれからが何かが始まるぞって言う音楽が聞こえた。僕疲れてんのかな。それは前世でいう所のガチャを引くときの演出、そのものだった。


 光に満ちた泉の水面からファーと女の人が現れた。泳いでいて、息つぎのために顔を上げたというわけではなく、直立したままくるぶしまで泉の上に見えている。まるで水面に立っているみたい。呆れるほどきれいな人だ。異常な登場の仕方、だけど綺麗だからなんだか納得してしまう。きれいな人ってわけわかんないから。

 きれいなんだけど、それより気になることがある。両手にダブルアックスなのだ。しかも、きらきらの金とギラギラの銀。


「あっ、あの」


 僕が声をかけると、彼女は口を開いた


「あなたが落としたのはこれですか?」


 彼女の手に持つのは、金と銀の斧だ。


「違います」


 僕はそれを指刺しながら答えた。きれいな女の人は微笑んだ。


「正直者のあなたには、この金と銀の斧をあげましょう」


 なんかそのセリフ聞いたことあるなぁ!これあれだ、物語のやつだ、童話のやつ!

 だけど、それに続くのは僕の知らないセリフだった。


「そして、金と銀の斧二刀流の女神、パメラの指揮権をあげましょう。マスターお困りの事はございませんか?マスターの敵のネックをハントしちゃおうかな」


 なんて?


 何を言ってますか?


 金と銀の斧をゴージャスに素振りする綺麗な女性…、彼女は自分を泉の女神だと思っている。それもおかしいけど、それに続く言葉もおかしくなかった?


「あの」


 僕は、おずおずと彼女に尋ねた。


「あなたは一体?」


「金と銀の斧二刀流の女神、パメラです」


 彼女は悠然とした姿勢で答えた。


「あっ、あのあの。それはさっき教えてもらったけど、聞こえなかったわけじゃなくてですね」


 僕は焦りながら適切な質問を模索した。


「指揮権をあげましょうって?」


「私はウルトラアルティメットレア金と銀の斧二刀流の女神パメラです。あなたが引いたガチャは大当たりです。おめでとうございます」


「ガチャ?」


 何か、懐かしい単語出てきたな!


「はい、あなたはご自身のアイテムを触媒にガチャを引きましたね?」


 引いてないですけど?

 でもここで、話を遮るよりも続きを聞こう。


「ガチャを引く権限を持ったマスターが私を引き当てて指揮下に置いたのです」


「僕が斧を泉に投げたのがガチャを引いたってことになるの?」


「そうです」


「へー」


 やっと1つわかった、会話って大事だね。


 でもわからない事はまだいっぱいあるんだなぁ。


 そして僕はそれどころではないのだ。


「あの、後で話を伺いますから、僕は、やらなければいけないことがあるので」


 早く村に危険を知らせなければ。あいつら、あの武装した盗賊。レイチェルを襲い、僕に矢を放ってきた。早くなんとかしないと。

 僕がそう考えると、思い出したように肩の傷が痛み始めた。僕は、突き刺さったままの矢を引っこ抜く。痛ってぇ。だけど切迫した状況からか、見た目のグロさよりも痛みを感じない。僕は、それを投げ捨てると…


 投げ捨てると…


 僕が無意識に投げ捨てた矢は、再び泉に吸い込まれていった。


 泉は一瞬、煌めいて、水面からファーっておじさんが現れた。


 うわー!


「手斧投げれば100発80中。手斧投げの達人、ロジャーだ。俺に任せな」


 達人と言う割に命中率低くない?


 そんなこと言っちゃ失礼か、正直なのは好感が持てるよね。手斧重いし、当てるの難しいよね。


 じゃなくて。


 何か増えた。


「マスター、飛んでる鳥でも、敵の首でも、俺が落としてやるよ」


 手斧を片手で、もて遊んだおじさんが…、ロジャーが水面を歩いて、僕の隣に立つ。


「あっ、はい?」


「ランクはノーマルですね」


 両手にダブルアックスの泉の女神…、パメラがつぶやく。


「ランクがアルティメットレアだからって勝ったつもりか?」


 片手に手斧おじさんロジャーは、金銀ダブルアックス女神パメラをジロリと睨んだ。


「ええ、私の勝ちです」


 悪びれもせずにパメラが答えると、2人の間には険悪な空気が漂い始めた。


「わかった、わかりましたから」


 僕は、2人の注目を引くために大きい声を出した。


「わかった、泉に何か捨てるのがガチャを引くことになるのも、本当に人が召喚できちゃうのもわかったから。でも今はさぁ、盗賊をなんとかしなきゃいけなくて…」


「心配いらないわ」


 声がした、この声は…。


「巨斧使いの戦士レイチェル、あなたの敵は、私の敵。あなたの人生の重荷も、この巨斧みたいに、担いであげるわ」


「レイチェル?」


 レイチェルが、養鶏場のレイチェルが、バカでかい斧を片手で軽々と担いでのしのしとこちらに歩いてきた。


 もう片方の手には、ズタズタの盗賊を引きずっている。


 うわー!


「ランクはスーパーレアですね」


 金銀ダブルアックス女神パメラは、レイチェルの登場にも眉1つ動かさず、言った。












「はい」


 僕は自分を落ち着かせるために声を出した。状況を整理しよう。盗賊が現れて、村を襲ったけど、レイチェルがこれを撃退した。レイチェルは僕が初めて泉から召喚したガチャ戦士だった。


 僕はお祭りで買ってもらった。赤いかっこいい帆船のおもちゃ。そいつを泉に浮かべて遊んでいた。楽しく遊んでいると泉が白く輝き、水面に女の子が立っていた。バカデカ斧を担いだ、かわいい女の子。


「巨斧使いの戦士レイチェル、あなたの敵は、私の敵。あなたの人生の重荷も、この巨斧みたいに、担いであげるわ」


「うん?」


「一緒に遊ぶ?」


 子供の頃の僕は、泉から急に女の子が現れたことに驚かなかった。子供の頃は、何もかも新鮮だったからねぇ。そういうこともあるのかと受け入れてしまった。


 一緒に遊んでたら、僕は帆船のおもちゃの錨をなくしてしまったことに気がついた。探したけど、見つからなかった。


 多分、泉に浮かべているときに、チェーンが切れて泉に落ちちゃったんだね。


 これが、泉にものを投げ入れる…、ガチャを引いたって言う判定になって、レイチェルが現れたんだね。


 レイチェルは、大人たちに保護された。おうちはどこ?お父さんとお母さんは?そう尋ねてもレイチェルは何も知らなかった。大人たちは、レイチェルは孤児なんだろうと言った。レイチェルも、それを否定はしなかった。レイチェルは、養鶏場の養子になった。


 レイチェルが担いでいた大きな斧は、大人たちが慌てて没収した。危ないでしょって。危ない以前に、なんでそんな重いものを持てたのか、疑問に思うべきだったけど。


 回収されたバカデカ斧は、材木置き場に飾られることになった。


 レイチェルは材木置き場で、バカデカ斧を見た、久しぶりに。盗賊に追いかけ回される危機的状況。それも相成って、自分の役割を思い出した。自分がガチャの戦士で、僕を守るために召喚されたってこと…。らしい。


 思えばレイチェルは、出会った頃のまま。少女のままだ。僕は大人になったのに。レイチェルの肩を小さく感じたのは彼女が成長していないからだ。


「私たちは時間の流れから隔絶されていますから」


 金銀ダブルアックス女神パメラは、静かにつぶやいた。


「へー」


 他にも聞かなければいけないことが、わからないことがたくさんある。


 盗賊たちを兵隊さんに引き渡して、村中にことの顛末を報告した。盗賊が来たけど、もう大丈夫だよって、そういう内容。もちろんガチャがどうとか、レイチェルは泉ガチャから引いた戦士ですよ、とか、そういう話はしていない。みんなにわかるように説明できそうもないし、僕自身よくわかんないし。


 僕の肩の傷は養鶏場で働く巨斧使いのレイチェルが治療してくれた。ごめんねって、怪我させて、と謝ってくれた。僕からしたら、頼りにならなくてごめんね、なんだけど。魔法的な力での治療を期待したけど、金銀ダブルアックス女神パメラも、養鶏場で働く巨斧使いのレイチェルも、手斧おじさんロジャーも、魔法は使えないんだって。といいますか…。


「何か偏ってない?どうして全員斧使いなの?」


 僕は疑問を口にした。


「この泉は、斧使いピックアップガチャですからね」


 金銀ダブルアックス女神パメラが教えてくれる。


「なるほどね?」


 疑問が解消してよかった。そもそもなんで泉がガチャなのか?根本的な疑問は解決してないけど。


 僕たちは、泉のそばに設置されたベンチに腰掛けている。木々のざわめきと小鳥の鳴き声の中で。人間の掛け声も聞こえる。養鶏場で働く巨斧使いのレイチェルと手斧おじさんロジャーが強くなるべく訓練しているから。2人は離れた位置で、それぞれ武器を素振りしたり投げたり、訓練を続けている。


「レイチェルとロジャーは頑張ってるね」


 何から聞いたもんか悩んだけど、僕は2人が気になった。


「まぁ2人はウルトラアルティメットレアではないですからね」


 金銀ダブルアックス女神パメラは、ふふんと鼻を鳴らした。

 そっかやっぱ、レアリティが高いと強いんだ。レイチェルはもう充分強かったけど、パメラはもっと強いのか。


「もっと強い敵じゃないと私の強さはわかりませんよ、強い敵が居るところに行きましょう」


 金銀ダブルアックス女神パメラは目をキラキラとか輝かせた。待ってくださいよ、落ち着いてください。


「待って待って、わからないことがいっぱいあるから。僕以外の人でも、このガチャってやつは引けるの?」


「いいえ、普通は、できません。マスターは異世界人ですからね、特別なんです。この世界は、日本の下位世界ですから」


「カイ世界?」


 聞き慣れない言葉を、僕は聞き返した。まぁ、ガチャとかそういう言葉もこの世界では聞かないけど。


「ええ、そうです。マスターはこの世界がどうやって生まれたかご存知ですか?」


「うん、ビッグバンでしょ」


 僕は前世の知識を持って答えた。これは、自信があるぞ。


「違います」


 金銀ダブルアックス女神パメラは、あったりと否定する。違うの?


「この世界の成り立ちはガチャです」


「ええ?」


「この世界、アンドリュースは、初回ログイン限定村人ピックアップガチャにより引かれた最初の50人によって作られました。」


 そうなんだ…。あれ?


「この世界じゃなくて、この村の名前がアンドリュースでしょう?」


「違いますよ、この世界には、マスターの指揮下には、この村しかないですよ」


「えっ?どういうこと?王都はあるでしょう?」


「設定上は存在しますよ、いずれマスターは王都で王都国民ガチャを引くでしょうし」


「ん?」


「ですから、マスターが生まれてきたときに、初回ログイン限定村人ピックアップガチャを引いたんですよ、マスターが。その時引いた50人がこの村、ひいてはこの世界を作ったんですね。それまで、このマスターの世界には人間はいませんでしたよ」


「えええ…」


 いやいや、ちょっと待ってくださいよ。


「でもでも、レイチェルや、パメラは成長しないって…。村人は、ちゃんと歳を取ってるし…」


「村人と戦士では設定が異なりますからね」


「わ、わぁ…。」


 ちょっと待ってくださいって、僕は、ここで育って…。ここで生きてたのに、突然そんなこと言われても…。


「おい何やってんだ!」


 金切り声。僕は振り返った。ビルだ、ビルがこちらに向かってくる。


「ビル」


 いつもは憎らしいと思うその顔も、敵意むき出しのその表情も、今はありがたかった。ビルは作られた存在なんかじゃない、確かに僕を嫌っている。


「おい、おい、サボりか?うすのろ。俺のためにちゃんと働けよ、ここは俺の村だぞ」


 やっぱ憎らしいなぁ!こいつさぁ。


 パメラにビルを紹介しようと、パメラの方を見た。

 金銀ダブルアックス女神パメラは、険しい表情で、金と銀の斧を持つ手に力がこもっている。体から金銀のエフェクトが出てる。力の奔流ってやつ?臨戦体制ってやつ?やばいって!


「マスターの敵ですね。ネックをハントしようかな」


 パメラがビルに斬りかかるのと、僕がビルを庇って突き飛ばすのはほとんど同時だった。

 わずかにパメラの方が早かったけど、パメラは僕を尊重してか、攻撃を止めてくれた。


「待ってって!やめてやめて!ビルは嫌なやつだけど、村の仲間なんだ」


 僕はビルに覆いかぶさった。そうでもしないと、隙をついて殺されそうだった、ビルが。


「仲間?違いますよ。そいつは敵です。おそらく敵のプレイヤーの妨害キャラですね」


「敵のプレイヤー?妨害キャラ?」


 新しく出てきた単語を僕は聞き返した。


「マスター以外にも、この世界には異世界転生者がいます。日本からの。ガチャには他プレイヤーを妨害するための、妨害キャラピックアップガチャもあります。妨害キャラは敵の拠点に潜り込ませて使うんです。今回攻めてきた盗賊と一緒ですよ、直接的であるか間接的であるかの違いはありますが、マスターに害をなす存在です」


「そんなあ」


 ビルって、そんなかわいそうなキャラとして生まれてきたの?


「でも、ビルは、村長の息子で」


 僕は、ビルと他の人間とのつながりを説明しようとした。ビルはガタガタ震えながら、僕の後ろに隠れている。


「おや、ずいぶん良いところに潜り込みましたね。この妨害キャラはレアリティ高いですよ。おそらくスーパーレア以上でしょう。身分の高いキャラは、他のプレイヤーの心を折るのに有効ですからね。早くネックをハントしましょう」


 情け容赦なく冷たい瞳でパメラは言う。訓練していたレイチェルとロジャーもいつの間にかこちらに来ている。2人とも武器を構えている。戦闘に慣れてない僕でも、わかる位、むき出しの殺意を感じる。待ってくださいよ、幼なじみの血は見たくないですって!


「でも、ビルは、僕が馬から落ちた時も心配してたし…」


「馬から落ちた?そんなはずないですよ、馬だって、ガチャから出てきてるんですよ。ガチャから出てきた生き物が、マスターに危害を加えるはずがない」


「馬も、そうなんだ…」


「ええ、馬ピックアップガチャ。マスターが引いたはずです。馬から落ちたとき、このビルとか言う奴がそばにいませんでしたか?おそらく、こいつが馬を刺激したんでしょう。それに驚いて、馬が暴れたんです」


「そんなはずは…」


 反論しようとして、僕は思い出した。ビルは、馬に乗らないのに、馬用のムチを持っていた。あの時、僕が馬から落ちる前に、すれ違った時。ビルは馬用ムチを手に持っていた。


「そいつのネックをハントしたい」


 パメラは抑え切れない殺意でうずうずしている。


「待って待って、そうだとしてもやめて欲しい。ビルには言って聞かせるから」


「うるせえ、どけうすのろ!」


 空気を読まないビルがジタバタ暴れている。


「無理ですよ、村人キャラは、自分がガチャ排出のキャラクターであることを理解しません。プレイヤーと戦略について話し合えるのは戦闘用のキャラだけです。こいつはずっとそのままです、マスターを嫌ったまま。妨害用の村人キャラは所属しているプレイヤーの陣地に帰ることもできません。ネックをハントしてあげるのが1番なんです」


 そんな、そんな悲しい生命体だったの?ビル?


 僕はビルのことが憎かったけど、積もり積もった憎しみが一気に溶けていくのを感じた。ビルはこれしかできないんだ、僕を傷つけることしか。そのために生まれてきたから。生まれてきた意味を果たすために、ビルは僕に嫌がらせをしているんだ。悲しい生命体すぎる。


「ビル、ビル逃げろ!」


 僕は押さえつけていたビルを解放した。


「ひっ、お、覚えとけよ、お父様に言いつけてやるんだからな!」


 ビルは、憎まれ口を叩いて、よたよたと逃げ出した。


「ネックをハントしたい」


「あいつを生かしたのは痛恨の極みだわ」


「俺の手斧は100発80中、マスター、命令してくれよ」


 金銀ダブルアックス女神パメラ、養鶏場で働く巨斧使いのレイチェル、手斧おじさんロジャー。3人がそれぞれ自己アピールをした。ビルの背中が見えなくなるまで、僕は3人をたしなめ続けた。


「ネックをハントしたかったのに」


 金銀ダブルアックス女神パメラは、右手の金の斧、左手の銀の斧をギャンギャンとぶつけ合っている。そのたびに、金と銀のエフェクトが火花を散らす。彼女のただならぬ戦闘力を感じさせた、さすがアルティメットレアだね。怖すぎるって。


「マスター、戦略を練りましょう。敵は盗賊を使ってマスターを狙って来た。これからはもっと強力な妨害キャラが来るわ。マスターを守るために作戦を考えましょう」


 レイチェルがバカデカ斧を振り回しながら言った、怖すぎるって。レイチェルは僕の名前を呼ばなくなっていた。パメラと同じようにロジャーと同じように、僕をマスターと呼んだ。幼なじみなのに、ずっと友達だったのに。


「そうだな、腕が鳴るぜ」


 手斧おじさんロジャーは、巨木に向かって、手斧を投げた。その手斧は巨木をすり抜けて、どこかに飛んでいった。


「俺の手斧は100発80中。外れることもあるぜ!」


 失敗しても元気の良いロジャーは、手斧を回収するために駆けて行った。ロジャーは、他の2人と比べて怖くない。100発80中もすごいんだけど、殺意をたぎらせるパメラと巨斧を軽々と担ぐレイチェルに比べると、普通の人だ。さすがレアリティ、ノーマル。いてくれて助かった。これから先、普通の人であるロジャーに、相談ができるんだ。ほっとするよ。


「そうだね、会議をしよう」


 僕たちは、会議をした。僕たちは、マスターとそれを守る戦士。このアンドリュース村の平和、そして発展は僕たちの肩にかかっていた。詳細不明だが、この村以外にもガチャをひける、日本出身の異世界人がいるようだ。ビルと、盗賊を仕向けてきた敵は確かに存在する。僕たちは、世界の存続をかけて戦うことになった。


 これは僕が望んでいたことだった。


 僕は勇者になりたかった。


 世界の平和を守るために戦いたかった。ただの村人じゃなくて、英雄になりたかった。特別な存在になりたかった。それが叶った、僕は、特別な存在だったのだ。


 だけど、これは僕が望んだのとは違っている。


 僕は、たくさんの中から選ばれたかった。自分自身の力で。


 僕は、もともと異世界人で、最初から特別だった。そうじゃなくて、僕は平等なスタートラインから飛び出して、特別になりたかったんだ。ビルと同じ競技場で戦いたかった。同じ条件の元でビルに勝ちたかった。それはもうかなわない。


 わがままなのはわかってるよ。望みが叶ったのに、レイチェルとパメラとロジャーが僕のために戦ってくれているのに贅沢だよね?


 でも、僕は、自分の力で特別になれるって、そう信じていたあの頃の方が…。あの瞬間の方が僕の人生の中で輝いていた。その輝きが永遠に失われてしまったことに、僕は気づいたんだ。


 長くなっちゃったね、ごめんね。聞いてくれてありがとう、うれしいよ。


 僕はどうするべきなんだろう?ビルは、どれだけ話し合っても友達になれないのかな?僕はビルと友達になりたいよ。殺すしかないなんてあんまりだよ。一方的にお願いしてごめんね、君の意見が聞きたいんだ。君はガチャから排出された人間じゃない。世界に愛されて生まれてきた。全部の可能性を持っている人間なんだ。何をすることができる、何でもできる。僕はもうやることが決められた世界にいる。だから、わからなくなっちゃったんだ。


 君はできることが、無限の世界で、自分の頭で考えることができる。すごいよね、最高だよね。


 最高な君に教えて欲しいんだ、僕はビルと仲良くなれるかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ