63 掃除屋の話40
波が届かないくらいの砂浜に腰を下ろし、沖から打ち寄せる波をじっと眺めた。
太陽は、空のてっぺんの少し手前ぐらいまで登っていて、強い波から生まれた小さな泡が、日の光できらきらと輝いた。
私は座ったまま、隣を見る。当然、誰もいない。
波打ち際に目を凝らす。もちろん、そこに誰もいない。
「そりゃそうだ」
私は、大きく息を吸って潮の匂いをかいだ。
もし、あの人がいたなら、サンダルを脱ぎ捨て、寄せてくる波に足を浸しながら、こちらを笑顔で振り返ったかもしれない。予想よりも大きい波が来て、驚きながらも声を上げてはしゃぐ、その様子を私はじっと見守る。
だけど、砂浜にいるのは私ひとりだけだった。繰り返し寄せて返す波の音だけが聞こえていた。
私は立ち上がり、ズボンの砂を払いながら、海に背を向けた。
歩き始めてすぐ、後ろから、どぉん、とひときわ大きな波の音がした。
振り返ると、白く泡立つ飛沫の上、宙に浮かんだたくさんの水泡の表面が虹色に輝き、そこに集まった光が目をくらませ、私は思わず目を閉じた。
目を開くと、波打ち際に誰かがいて、金髪の髪を輝かせ、手を振っていた。
「さよなら」
もう一度目を閉じると、そこには誰もいなかった。波は穏やかに打ち寄せ続けていた。
私は、再び海に背を向けた。
出発する時間だ。
山の向こうの新しい町で、私は再び見えない存在になるのだろう。
誰にも意識されない不可視の存在に。
それが、掃除屋なのだ。




