61 掃除屋の話38
エンジンを始動させ、サイドを外し、ブレーキから足を離して、ゆっくりバンを動かすと、「大丈夫そうだな」と先輩が車外から声をかけた。
出発する準備はできた。私は、なんて言っていいか判らず、とりあえず、「お世話になりました」と言うと、先輩は肩をすくめた。
不愛想で素っ気ない人だった。何かと世話をやいてくれたのは、親父とのことへの罪滅ぼしだったのだろうか。そうでもあるし、少し違う気もする。もともと、そんな人なのかもしれない。情報を売ったのは魔が差したのか、それが意図せぬ形で今回の一連の騒ぎに関わることになり、けっきょく引き返せないところまで来てしまった。自業自得だな、と思ったが、かといって思い切り憎むことができなかった。
私は「さようなら」という代わりに、「先輩のこと、嫌いじゃありませんでした」と思わず口にしていた。先輩はびっくりしたような顔をして、なんじゃそりゃと、少し笑った。
「まぁ、俺も」と先輩は言いかけて、少し間をおいて、「早く行け」と手をひらひらさせた。
ゆっくりと車は動き始め、パーキングを出た。バックミラーに小さく先輩が映っていたが、遠ざかり、小さくなり、見えなくなったころに、窓を開けた。すぐに風に運ばれて、潮の匂いが車内に流れた。
どこか遠くで、パンクのような音が、それよりもっと小さな乾いた破裂するような音が聞こえた。
私は、白い砂浜を目指して車を走らせた。




