59 掃除屋の話36
車が動き出すと、私は手紙を読み始めた。短い手紙だった。急いで書いたようで、字が少し乱れていた。
「あたしはあなたの名前も知らない。
それでも、もう一度会いたかった。一緒に海に行きたかった。
掃除屋さん、さようなら」
そこまで読んで私は目を閉じた。車内はエンジンの音だけが聞こえ、先輩は無言だった。
「伝えなきゃいけない大事なことがあります」
手紙はもう少し書かれていた。
「祖父と、母さんの両方に情報を流していた人」
そこに書かれていた名前は、先輩の名前だった。
「おい、何の手紙だ」と先輩が、こちらも見ずに尋ねてきた。
私は、書かれてる内容は真実だと確信していた。
だが、思わず、「ラブレターです」と答えた。
先輩のハンドルを持つ手がぶれて、中央線を乗り越えた。すぐに先輩はハンドルを切ると、バンは無事、車線に戻った。
先輩は息を吐き、「ふざけるな」と言って運転を続けた。
車は、別の町にある処分場所に向かっていて、そこに、袋を預ければ仕事は終わる。私と先輩は別の町に活動場所を移して、今まで通り仕事を続けていくことになるだろう。
この手紙を、恋文だということにしておけば、何も変わらない。先輩ともこれまでどおり。
生きている彼女に会ったのは三度だけ。最後はもう死体だった。忘れればいいと思う。忘れることができるのならば。
「もう一度会いたかった」言葉が自然と漏れた。先輩は聞き取れなかったのか、怪訝な顔をした。
「先輩、話したいことがあります」と切り出すと、彼はじっと私の顔を見つめ、
それから、人気のない海岸線のパーキングに車を止めた。




