55 彼の話3
「安心して」
姉の声が聞こえた気がした。意識を失う直前だったか、それとも夢の中だったかは判らない。
同じ言葉を、あの日、父さんが殺された日にも聞いた。
祖父の前に連れてこられて、震える僕の手を握ったときにも聞いた。
僕にとっては、心を落ち着かせる魔法の言葉だった。
僕は部屋から連れ出され、母さんの部下に車でどこかに運ばれた。
その場所は、今までどうやっても祖父が把握できていなかった。母さんの再婚相手が、組織の資金を横流しして、作り上げた秘密の場所だった。
僕が目を覚ますと、窓のない部屋の寝台に寝かされていた。手足の拘束はされていない。天井からの薄いオレンジの灯りに照らされて、周囲は、ぼんやりとした曖昧な輪郭をもって目に映った。
少しだけ頭痛を感じたが、起き上がることができた。体の上に皮のジャケットがかけてあり、滑って床に落ちた。拾うとポケットに封筒が入っていた。
姉さんから僕にあてた手紙だった。
ひとまず外に出ようとしたが、二つある扉はどちらも開かなかった。あきらめて、寝台に腰掛け、薄明りに目をこらしながら手紙を読んだ。
そこには、これまでの経緯が書かれていた。姉に起こったこと、出会った人のこと、掃除屋という人のこと。
これから何が起こるかも書いてあった。
最後に「さよなら」と別れの言葉が記されていた。
読み終えると同時に、部屋の外に慌ただしい人の動く音が聞こえた。叫ぶ声と、乾いた炸裂する音。そして一際大きな音がした後、静寂が訪れた。
扉の鍵が解除される音がした。外から武装した数人が入ってくると、銃を僕に向けながら、手元の紙片と僕を見比べ、銃口を下げた。
「お迎えにきました」と男は僕に告げた。




