54 彼の話2
扉の向こうに母さんがいる。
僕は体の震えを感じ、懸命に押さえようと深呼吸をした。
カメラに視線を向け「開けてくれない?」と母さんは優しい声で話しかけてくる。
もし、応じて部屋を出ればどうなるのか。おそらく僕を人質にして、祖父に対して何かの要求をするつもりだろう。祖父が応じなければ、僕の体を切り刻むかもしれない。絶対に外に出てはだめだ。
避難室の解除キーは、僕の指紋で認証するよう設定してあって外部からは外せない。
とにかく時間を稼げば、祖父が助けてくれるはずだ。
僕の震える手に、姉さんが、優しく包みこむように手を添えた。
彼女は震えていなかった。僕は、自分の怯えを自覚して、少しだけ恥ずかしくなった。
姉さんは僕に優しく笑いかけた。今日初めて見た顔なのに、それでも、間違いなく姉さんだった。
彼女の手の力が少しづつ強くなった。僕は痛みを感じ、思わず振りほどこうとしたが、そうさせないくらい姉さんは強く握り続けた。
姉は微笑んでいた。知らない顔の下に、昔から知っている姉の顔が透けて見える気がしたが、今は、その表情のさらなる奥に、底知れぬ悪意を感じた。
我慢できないくらい強い力で、手首を絞められて、僕は悲鳴を上げた。
姉は僕の手を握ったまま、引きずるようにして、避難室の解除パネルまで連れて行った。僕は、手を握り閉め、指紋が触れないようにした。
「それ以上抵抗すると、薬を使うよ」と姉さんは冷たく言った。
力が抜けたように感じた。そのまま姉さんは、僕の手を画面に押し当てた。
すぐにロックが解除され、母さんが入ってきた。
姉と視線をかわし、二人で笑いあうと、床に倒れこんだ僕を見下ろした。
「あの日のことは忘れていないよね」と姉がいった。
僕は何も答えることができなかった。黙っていると、首に何か押し当てられ、意識が途絶えた。




