53 彼の話1
彼は、私に挨拶をすると、傍らに横たわる姉の側に腰かけ、彼女の頬に付いていた汚れを細くてきれいな指で拭うと、乱れた髪を手櫛で整えた。
それから、いとおし気に彼女の頭を横たえ、一度目をつむり、そして深く息を吐いた。
数分後、彼は、再び立ち上がると、私に向き合い、その日に起こったことを教えてくれた。
その日も、彼は、ずっと部屋の避難室に閉じこもっていて、外からの呼びかけには一切応じないつもりだった。
夕方ごろ、室外を写すカメラを見ると、急に人の出入りが激しくなり、部屋の隅で殴り合いが行われていた。やがてその騒ぎが収まると、部屋の前に一人の女性が現れた。彼にとっては初対面の金髪の女性だったが、胸騒ぎがした。顔は違うが、声に聞き覚えがある。姉の声に違いない。
彼は戸惑った。姉はずっと自分に縛られていたから、別の世界で生きてもらいたかった。母親からの提案に応じるふりをして、彼女を外に追い出した。本当は嫌だったが、姉のためと思うことにした。
代わりに来た姉と同じ顔をした人は、優しい人だった。だが、母親の計画を知り、彼は母親に従うことを拒んだ。その結果がどうなるかは、彼には容易に想像できた。
姉の声に耳をふさぎ、目を閉じようとした。ちょうどその時、部屋の入り口に別の集団が現れた。その中に母親がいるのを見て、彼はすぐに、部屋のロックを解除して、姉を中に入れた。集団は瞬く間に、部屋の中にいた護衛を制圧し、避難室の前にやってきた。母親がカメラの前に顔を見せた。
そして、「あの日も、部屋の中から眺めていたのね」と彼と姉に向かって微笑みかけた。
二人の罪悪感を呼び覚ますように。




