45 掃除屋の話32
彼女に間違いなかった。
二人組に絡まれたときに、コーヒー缶を投げつけてくれた人、屈託のない笑顔で、時に私をからった、あの人だった。寝ているような様子に見えたが、彼女の体の下には、一面赤い花が咲いていた。
小さなものから、大きく重層の花弁を持つものまで。彼女が横たわるために、用意されたかのようだった。
間違いなく彼女は死んでいた。
傍らの美しい顔をした人の下には、赤い色が見えるだけで、一輪も花は咲いていなかった。それでも先輩の目には血の海に横たわっているように見えるはずだ。
「先輩、聞きたいことが」
「なんだ」とポリッシャーの準備中だった先輩が苛立ちながら近づいてきた。
「わたしが拉致されかけたとき、スーツの男たちが銀の筒に入った麻酔をもってましたよね」
「ああ、おれが失敬したやつか」
「まだ使ってませんよね」
「今のところそんな機会がないからな」と先輩は思いだしたようにツナギのポケットに手を入れたが、目的の物が見つからなかったようで、眉間に皺を寄せた。「なくしたのか」と、きょろきょろあたりを見回した。
私は静かに先輩に近寄り、首元に銀の筒を押し当てた。先輩は白目をむき、崩れ落ちそうになるところを支えて、床に寝かせた。
「ごめんなさい」
聞こえていないだろうが、とりあえず謝った。
気つけになるような薬品を探し、刺激臭の強いものを、横たわる彼の鼻先に押し当てた。麻酔薬を使われているなら、覚醒は難しいと思ったが、しばらくすると、目に光が戻り、強くせき込み始めた。私は背中をさすり、涙とよだれが出ていたので、彼にポケットティッシュを渡した。
「落ち着きましたか」と私が尋ねると、彼はうなずいた。
その顔は、以前、二人の遺体を収納したときに見た、美しい顔の人と同じだった。彼は、じっと私の顔を見つめ、「初めまして」と言った。
「掃除屋さん」




