40 彼女の話10
やがて母さんの部屋から、弟が出てきた。
無表情の弟と笑顔の母さんが対照的だった。
あたしは、母さんに駆け寄って、黒髪の女性の消息を尋ねた。
「ああ、そのこと」と母さんは、一段とにこやかにほほ笑んだ。
「心配しないで、いまちょっと遠くに行っているだけ」
あたしは、素直には受け止められなかった。それが表情に出ていたのだろう、母さんは続けた。
「いずれ、必ずあなたに会わせてあげる」
帰りの車の中で、あたしは不安から押し黙ったままだった。弟は何かを考えている様子で、俯いた顔を時折上げ、そのたびにあたしの顔をちらりと見た。あたしは、かろうじて弟の変化に気がつき、
「何か気になることがあるの?」と彼に問いかけた。
弟は、ゆっくり首を振り、そして、あたしを安心させるように、優しく微笑んだ。
しばらくして、母さんから、あたし一人だけの訪問を求める連絡がきた。
送迎の車に乗り、護衛に一礼して席に着く。今まで気づかなかったが、ここ最近、護衛の顔ぶれに変化が見られた。昔からの護衛が減り、新しい顔ぶれが増えていた。ただ、あたしたち姉弟への対応に変わりはない。
母さんの家に着くと、今まで通されたことがない部屋に案内された。その部屋には窓がなく、外から遮断されていた。扉は入り口と、奥の扉だけ。
あたしが一人待っていると、奥の扉が開いて、母さんが入ってきた。彼女の後ろにもう一人女性がいた。
あたしは、息をのんだ。
あたしと同じ顔をした女性がそこにいた。




