39 彼女の話9
母さんの家に向かう車の名で、弟は感情のない顔で、ずっと黙っていた。
家に到着するまでの間、一言の会話もなかった。
母さんは、久しぶりにやってきた息子を、笑顔で迎えた。涙を浮かべすらして。
でも、あたしは、もう母さんの涙が信じられなくなっていた。弟は背中しか見えず、彼がどんな顔をしていたのかわからなかった。
「二人だけで、話がしたいの」と母さんは、弟だけを部屋に入れた。あたしは、別室に一人残された。
やがて、見たことのない女性がお茶を持ってきてくれたが、あたりを見渡しても、黒髪の女性はみつからなかった。「あの、すみません」とあたしは、女性に彼女のことを尋ねた。
女性は冷ややかな表情で、
「あの子は、奥様に暇を出されました」と答えた。
あたしは、思わず「急になぜ」と声に出していた。女性は怪訝な表情をしたが、
「細かな事情は承知しておりません」と言い、
「もともと、あの娘が父親が、旦那さまに多額の借金をしたために、あの子は保証金代わりとして当家に預けられておりましたので」と続けた。「その用がすんだのでしょう」と言って、女性は部屋から出ていた。
あたしは、何も知らなかった。あの子のことを、なにひとつも。




