37 彼女の話7
父さんは実家を飛び出してからも、祖父と密かに連絡を取り合っていたらしい。
単に最低限の行き来だったのか、それとも生活の援助の申し出だったのか、今となっては詳細は判らない。
連絡手段は、ある人物を介して行われていた。
父さんは、小さい頃は体が弱く、そのため、祖父の意向で幼少から護身術を学ばされていた。その教師は祖父の旧知の人物だったらしい。
鍛錬が功を奏し、少年期の父さんは、それなりに丈夫な体になった。
ただ、父さんが成長するにつれ、祖父の仕事への反感から、二人の仲がこじれ始めた。それに伴って護身術の修行からも遠ざかってしまい、教師との交流も途絶えてしまった。けっきょく、父さんは祖父の家を飛び出した。
それから、父さんは何年も祖父とは連絡をとっていなかった。ただ、教師とはか細いながらも手紙のやりとりがあったらしい。
父さんが母さんと出会い、やがて私たち姉弟が生まれたころ、教師から父さんに手紙が届いた。せめて、子供たちのことだけは、祖父に伝えてはどうかと。
父さんは悩んだ末に承諾した。信頼する教師からの申し出を無下にはできなかったのだ。やがてか細いながら、祖父との交流が始まった。それは、母さんにも内緒だった。
教師は細心の注意を払い、父さんに会うのは最低限に控えた。父さんと祖父との関係は、対立する組織から隠す必要があった。もちろん、私たち家族の存在も。
ただ、教師には、不肖の弟子がいた。
素行の悪さから、出入り禁止にした人物が、逆恨みをして教師の弱みを握ろうと、周囲を嗅ぎまわっていた。教師の行動をさぐり、たまたま父さんと教師が出会った場所を目にした。
「その男が、組織に情報を売った」母さんの声は少し震えていた。
その情報をもとに、対立する組織は私たちの部屋を襲撃し、父さんを殺し、母さんを痛めつけた。組織は祖父に壊滅させられたが、情報をもらした男は、まだ見つかっていない。
死んだのか、それとも顔を変えてどこかで生きているのか。それすら判らない。
この話も、旧知の教師への配慮だったのか、祖父の指示で、長く外部には隠されていた。どうやって母さんはつきとめたのだろうと、あたしは疑問に思った。
「それはともかく」と母さんは続けた。
「その教師も責任を取るべきでは」と冷たく言った。
「母さん、そんな」とあたしは息を呑んだが、母さんはにっこり笑った。
もう遅かった。




